ひらり、ひらりと。
風に乗り、花弁が舞い踊る。
届かぬ想いを、望みを託され。行き場のない感情を乗せながら。
風の赴くまま、流れていく。
「郵便でェす」
誰にでもなく声をかけ、地に降りる。
カランコロンと一本歯下駄を鳴らしつつ、お目当ての場所へ。
「相変わらず、凄いねィ」
無数の風車が刺さる橘の巨木を見上げ、ほぅと息が漏れる。数を減らす事のない其れ等は、ある意味壮観ですらあるようで。
「また来たのか。閑人め」
「長サマの許可は取ってますよゥ。そんなに邪険にしなくてもいいじャあ、ありませんか」
背後の声を気にする事なく、取り出した巾着の口を開く。起こした風に中身を流せば、視界が極彩色に染まった。
「雑な仕事だ。これでは届くものも届かぬだろうに」
「大丈夫ですよゥ。子供騙しの呪いに縋るほど、焦がれた想いですからねェ。届けたい相手を間違う事はありません」
「そも、こんな無意味な労苦を行う意味がわからんな」
舞い上がる無数の花弁。誘われるように風車に触れ解けていく其れ等を見、此《コレ》を見下ろす声の主は無感情なままに呟いた。
これを無意味と断ずるとは常世に在るモノと現世に生きる者はやはり違うと、しみじみ思う。否、この男が特段に堅物なのかもしれないが。
「イヤですねェ。無意味と断じないでくださいな。其れ等はみィんな、“サヨナラ”と“逢いたい”の想いなんですから。風にも乗らない戯言も拾うほど此も節操なしじャあないですよゥ」
空になった巾着を弄びながら、くつくつ笑う。
「突然いつも通りが崩れて、お別れも出来なかった。この先をどうやって生きればいいのかわからない。苦しい。悲しい。寂しい。逢いたい。せめてさよならだけでも伝えたい…可愛い可愛い綺羅星達の望み。応えてあげないと」
返事は返せないけれど、さよならくらいは伝えてあげてもいいではないか。突然の死に別れに嘆く、数多の綺羅星達のせめてもの慰めになればいい。
ただでさえ刹那の生を燃やして駆け抜けているのだ。その輝きが少しでも曇らないよう、望みに応えるのが此の存在意義でもあるのだから。
「酔狂な事だ」
「綺羅星を娶るような、愚行を犯すモノと一緒にしないでほしいですねェ」
綺羅星は綺羅星だけで生きてほしい。その理を踏み越えた先にあるのは、破滅でしかないだろうに。
理を超えたモノ等を思い浮かべて、げんなりしながら戻りの準備をする。
見ればもう、片手で数え切れるほどにまで花片が解けてしまっていた。
「そろそろ戻りますねィ。それではご達者で」
最後の花片が解けたのを見届けて、男に背を向け翔び上がる。
風に乗れば常世は遥か下に。現世はすぐそこに。
「さァて、早く戻らないと」
何せ、綺羅星はすぐに消えてしまうのだから。しかも、ある日突然に消えてしまう綺羅星の何と多いことか。
一つ息を吐いて。
今この時も、想いを託され風に舞う花弁を拾い集めるために。まだ暗い空を駆け抜けた。
20240520 『突然の別れ』
5/20/2024, 2:43:37 PM