「なんで怖がらないんだよ!!」
激昂した友人に肩を掴まれた。男となった大きな手に、確かに恐怖を抱いた。
だけど、こんなに淋しげな目は見たことがない。
彼はいたずら好きで、ムードメーカーで、感が良くて、ずっとそれでも皆の中心にいながら孤独だった人。
「俺は、お前を攫ってきたんだぞ!」
何をされるかわかってるのかと。
血の池に染まる自分を想像した。でも、不思議と怖くない。
彼にとっては何もかも手に入れた女と思われているのかもしれないね。悲しくて、でも息をする度に力が抜けていくの。
何もいらない
妻は毎日、父親の話を息子に聞かせたらしいんだ。
「あなたにそっくりの茶色の髪。優しくて、困ってる人をすぐ助けに行ける人」
料理の下ごしらえを終え、二つある椅子の片方に腰掛け、まだあんよもできない息子に話しかけている。
まだ、小さな彼は離乳食がはじまったばかり。母親はミルクで煮たパン粥を小さな口に入れていく。
「おいちーね」
そして抱き上げた息子にせっせと、あるかないかの英雄譚を聞かせる。
「たーた」
「そう!偉いわ」
彼女は母性溢れる顔をする。
畑に家事に村の仕事に家畜の世話。彼女は毎日忙しそうだ。いったいいつ寝ているんだろう。
そして彼女は小さい小屋を見渡した。
そこに父親の僕はいない…?
そう気付いた瞬間。ぞわりと飛び起きた。
外を見張っていた仲間達が振り向く。
胸に沸き立つ熱い想いを、恥ずかしげもなく言うなら…望郷の想い。執念。
そんなところだ。
もしも未来がみれるなら
敬愛すべき主を失った。
飛竜は次々と落とされ、味方の地上兵は罠にかかり朝方全て捕らえられた。魔道士は術を使うため有無を言わさず顔を破壊される。
動けない主に槍が刺さり、ついには英雄が首を叩き落とす。掲げて雄叫びを上げる人々。
見ていた私は叫んだ。この世界よ滅べとばかりに。
次元が割れる。
呼んでもいないのに命に背いて側兵が飛んできた。別の役目を負っていた1人以外全員現れた。
「お前たちやめろ!!」
いいんです。と、彼らは笑った。
それに、激怒されたんだ…。この世界と、私の世界の神に。
時間軸は揺れ、ひどく頭に靄がかかる。
裁判が掛かる。証言など発言する機会もなく調べだけ進む。証人や弁護人も居ない。
末端の最下級の兵士だから、意味もない…。
不問にするという希有な男が現れる。
「罪人とは」
それを弁護する。
どうか放っておいて。
仲間も失い、世界を手放し、主も首をさらされた。もう何もかも奪われた。このまま静かに死にに行きたいのに、どうして。
「彼女は生きたまま断頭台の湖に落ちました」
「罪を償う旅路は始まったばかりです。永遠に生きる最末端の兵士にこそ最適な罪ではないですか」
お前だったのか。レイン…。
夢色の世界
どれほど地獄に落ちればいいのだろう。
カノンはため息のように呟いた。
「ああ、綺麗だ」
畑は息を吹き返し、作りたての小川は水底の砂利が透き通る。山は新緑に喜び、新たな命は一斉に芽吹き、村は大きくなっていた。
水車小屋は静かに回り家畜小屋や肥料の匂いさえも懐かしい。
1つの季節が巡り、村に命がまた1つ生まれ落ちた。
村の女達に手伝われ、まだ幼い少女は一人の男の子を出産した。
年齢、体格、初産。圧倒的に足りない医療。
こんな状況下で、彼女が生きているのは奇跡に近い。
ただ長時間の陣痛に疲弊しきって、いつ産後熱に掛かるか…。もし何かの感染症に掛かれば命はない。彼女のそばでは元気に泣く薄い茶髪の男児が泣いている。
側にいたい。
側にいられない。
遠い故郷の様子を水晶で見せていてくれた女性の仲間が言った。
「行ってあげたらいかがかしら」
「無理だよ…」
「意気地なしですのね」
戦場を離れるわけには行かないから。なんて言い訳だ。拒絶されるのが怖い。
やっとして、水晶玉が言葉を届けた。妻の声だった。
「カルス」
聞き間違いかと思って、カノンは目を見張る。
「お父さんと名前を一緒に決めたかったけど、仕方ないね。あなたはカルス。この村を救ってくれたすごいお父さんの名前を1字貰おうね」
疲れ果てているはずの妻が、細い手で我が子を抱きたいと手を伸ばしている。
カノンの頬に涙がはたはたと落ちていく。
「これは、帰らなきゃとんでもない雷が落ちますね」
ふふ、と水晶玉を操る女性が言う。
新しい父親は口元を押さえて泣き崩れた。
絶対に絶対に故郷に帰らなきゃいけない…。
桜散る
安宿に今夜も雑魚寝だ。
ギールスとシーナは例によって野宿のほうが慣れているし、気心のしれた幼馴染同士だ。男も女も関係ない。
お金がない…というのも大きな理由だが…。
宿の隣に併設された居酒屋で皆で皿洗いをすることで、残り物のスープと焼きたてのソーセージとパンを頂くこともできた。
腹が満たされれば人心地も付くというもの。
そもそもこんな低レベルパーティーでは、まともな素材集めも依頼も受けれない…。冒険者稼業が衰退し、国の軍に傭兵が傘下に下るのも仕方ない…(しかも前線の前線ど真ん中に配置される)そういう時代なのかもしれない。
安宿の2階の窓からは、下町と商業街の境目がよく見えた。まだまだ夜は長い。遠くには城壁に囲まれた城も見える。
「王子様とかは、こんな生活しないんだろうなー。いいなー」
ミレーヌが、唐突に街の奥の王宮の光に向かって呟いた。
それを聞いて吹き出すのが幼馴染で同い年のヴィルだ。軽装で、索敵、罠、斥候などをこなす。が、まぁ全然役には立ってない。
「なによぉ。いいでしょ」
「いや、別に…あほか…」
「宮廷見習い騎手に呼ばれたってウキウキだったのヴィルじゃないの!」
「あいあい」
悪かったと言いながら、結局ニヤニヤ笑う。
「王子様どんな人なんだろぉ。まだお若いって話よね。ひと目でも見れないかなぁ…」
(そこに一応王子ならいるけどな)
ヴィルはチラりと、うしろに目線をやった。
酒場のおっさんどもに弱いアルコールを飲まされてコテンと寝てしまった2つ下の幼馴染カルスが、ベッドにもソファにも寝かされずに猫のように丸くなって安っぽい絨毯で寝ている。
夢見る心