からかって甘えて、一緒に笑うだけで精一杯だった。
娘売りの話。領主の話。
元からよく耳が聞こえて状況を察していたから、山へ登り親父の使者を跡形もなく消すしかなかった。
知らなかったんだ。人ってろくでもない親にたいしても悲しむんだって。
あんなに泣いてんだ。
話せるわけがない。
届かぬ思い
襲いかかってくるゴブリンたちを先頭を走るギールスが切っていく。スピリット達も弱いけど数が多かった。
打ち漏らしを後ろで走るヴィルが両手のナイフで魔力を込めたカッターで打ち落としていく。
カノンはミレーヌを抱えながら、詠唱を絶やさない。
遠距離からのシーナの援護もあったからだろうか。
(みんな、こんなに強かったんだ…)
強烈な目眩で動けないミレーヌは、ぼんやりと、少しだけ逞しくなったカノンの首筋を見ていた。
激しく揺れることもある。だけど、カノンは絶対にミレーヌを離さない。
「走るよ、掴まって」
うん、と小さな子供のように頷く。
情けないな、貴方よりお姉さんなのに。
お腹のなかにあなたの子がいるなんてまだ信じられない。
村の、年のいった治療院の先生によれば、産まれるのは半年と少し後だと言っていた。
(まだ、ずっと先?それとも、すぐ?)
ミレーヌの中での時間は、小さな頃に戻ったり未来を見たりと忙しい。
ようやく、安全な場所に来たみたいだ。
ギールスがシーナに合図を出して転移が始まった。降ろされた場所は、少し前にキャンプをした場所だった。
へとへとになったシーナと、ぷんすか怒ったティーエが飛んでくる。
でもそれよりも、と。
ミレーヌはヴィルを呼んだ。
「ヴィルどうしたの…」
「はっ?なにが!」
1人でずっと何かを抱えていたんだね。
少し精悍になった幼馴染は、あちこち傷を作り、背に悪魔のような翼を生やしていた。
「なんだか、ずっとひとりぼっちで居たみたいにしてるからさー。泣くのかなと思って」
「なんでオレが泣くんだよ」
そして、触っていい?と聞く。
「いいよ」
カノンに支えられたミレーヌに近づいて、恐る恐る触れた。何の凹凸もないお腹を。
「私も実感はないんだけどね」
「まじの、まじなの」
「みたいだね…」
そしてきっ!とカノンを睨みつける。
「お前、子供に顔覚えて貰えなくなるところだったんだぞ」
「かなぁ…」
カノンも困惑している。
「おまえ、大事にしろよ、ホントに頼むよ…オレ、オレ…」
ヴィルは唇をくっと締めて、言いたいことを噛み殺したようだった。
祈るよ。どうか、君が幸せであるように。
幼馴染はとんだ唐変木で。ぬけてて頼りないけど。
ヴィルのそんな心情など誰もわからない。
「ばーか」
そういって、ヴィルは立ち上がって姿を消した。
神様へ
年頃の少女達が川の上に作った洗い場で洗濯をしていた。
祭りで使う長い染め布は、この村伝統の目の覚めるような蒼。
娘達は小さな素足でたらいの中で踊る。時折り村の歌を歌いながら、ただただ楽しそうに。
水しぶきが舞い、高い声が空へ飛ぶ。
祭りで かの殿方に見初められし娘は
どこぞの国へと行くのかや。
どこぞの姫になるのかや。
彼女達は二度と故郷には戻らない。
冬が来る前に山を越え、その後五年と経たずに仕送りはぱたりと止まるのだ。
快晴
行かないでなんて言葉じゃ、ダメだったんだ。
そう思った時、この空に響くほどの大声でミレーヌは叫んだ。
「カノン、貴方が…好き!!!」
ぎょっとしたのは言われた方で、観客にさせられたヴィルとギールスは引いている。
「私は、貴方が好きなの!!カノン!!お返事は!?」
頬を染めながら怒鳴り告白する女性なんて今まで居ただろうか。
カノンはたじたじになりながら、無理やり両手を絡め取られた。握りしめられる。
「えっ…な、なんで…」
あんなこともこんなこともしたのに、今更、なんで…っ。
「お返事は!」
「ぼ、僕も好きです!」
弾かれたように答えてしまった自分を呪いたい!
ひゅーと悪友は軽口を叩き、年上のギールスは額に手を当ててやれやれと呆れている。
「だったらわかるよね。お話し合い。しますよ」
彼女の「しますよ」は、しないとぶつよ、みたいな意味だ。
「あなた達が争ってるのはおかしいの!説明なさいっ」
「は、はい」「あい」「…」
三者三様のお返事が決まる。
と、そこでミレーヌの身体が傾いだ。
いち早く気づいたのはギールスで、ミレーヌの頭が地面にぶつかる前に抱きとめることに成功した。
「ミレーヌ!」
「ここの瘴気に当てられているからな…息をするのも本来なら苦しいだろう」
帰ろう…。あの村に。ここではダメだ。
少し落ち着いた頃に、やかましい妖精の声が反響しながら飛んできた。どうやら水鏡の向こうからの話しているようだ。
「あのねー。今言うか迷ったんだけどね。ミレーヌ、妊娠してるわよ。町のお医者さんにも診てもらったよ」
妖精のティーエがとんでもないことを言いう。
「えっ…」
「まじか」
幼馴染組みが男性特有の「どうリアクションしていいかわからない…」という情けない反応になる。
ギールスとしては、やはり。という顔だ。
「まだ、小さいな。心臓は動いている。」
ミレーヌのまだ平らな腹に、ガントレットの手を当てて生命反応を確かめていた。
「えっ…子供って。…えと、だ、誰の…」
と、カノンが呟いた瞬間に、バチーン!とツッコミの拳が入った。
「いってぇ」
「馬鹿野郎!!ミレーヌの前でそれ言ってみろ、はったおされっぞ!」
幼馴染のヴィルが烈火のごとく顔を歪ませている。
「おまっ!やることやったんだろうがよっ!」
「あ…その、しまし、た」
「しっかりしっぽりしたんだろーが!」
「う、ん…」
どうにもカノンの歯切れが悪い。
「人間は性行しないと受胎しないのであろう?」
そしてエルフの男がとんでもないことを言う。
人間の生殖過程を知っている…。彼女の入れ知恵だろうか。
「ばっ!!!」「お前そーゆうの言う!!?」
思春期真っ盛りの男子達が沸き立った。もうめちゃくちゃである。
「あのねー。ミレーヌ苦しそうなんだけどあんたらさぁ…」
妖精の呆れた声も続く。
作戦は失敗だ。急いで荷物を拾い、ミレーヌを抱きかかえて来た道を戻る。
途中ヴィルだけが歩みを止めた。
「そうか…お前らやっとかよ…くっそヤキモキしたぜ」
待たせすぎだよ。
嬉しかった。そして悲しい。ヴィルは顔を拭い、ひとまず後ろについて行った。
「遠くの空へ」
私は最後の戦いに共に行くと宣言した。
黒髪の剣士、王宮の見習い騎手、そしてカノンと。
だってずっと旅をしてきた。
だってほんの小さな頃から一緒だった。
固執しているのは私だけだったのか。
肝心な所で私は置いてけぼりを食らってしまったのだ。
「すまなかったとは思っているのですよ、彼も」
ティーエと共に私を支えていてくれるのは、お姉さん役のシーナ。美しいプラチナの髪の女性だ。
人の機微など分からん!と言い張る恋人のフォローをいつもしている。彼女だって別種族のことなど分からないだろうに。
「どうして、連れて行ってくれなかったんだろう…カノン」
私は国境近くの宿で目を覚ました。全てが終わった後だった。
「それよりご飯たべよ、ミレーヌ。 あの捻くれてエルフ、魔法加減を知らないのよ、2日間も寝込ますことなかったのに!」
妖精のティーエがそっと肩に乗ってくる。キラキラとした羽根の鱗片が舞う。その捻くれエルフの恋人はくすくすと笑っている。
少しだけ心が軽くなって、直後妙な胃の重さを感じた。
私は、彼の重荷にしかならなかったのかな。
お腹の奥がちくんと痛くて気分も悪い。とても食べられる気がしない。涙だけが落ちていく。
私、何のためにここまできたのかな。
言葉にできない