村人ABCが世界を救うまで

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どれほど地獄に落ちればいいのだろう。

カノンはため息のように呟いた。
「ああ、綺麗だ」
畑は息を吹き返し、作りたての小川は水底の砂利が透き通る。山は新緑に喜び、新たな命は一斉に芽吹き、村は大きくなっていた。

水車小屋は静かに回り家畜小屋や肥料の匂いさえも懐かしい。
1つの季節が巡り、村に命がまた1つ生まれ落ちた。

村の女達に手伝われ、まだ幼い少女は一人の男の子を出産した。
年齢、体格、初産。圧倒的に足りない医療。

こんな状況下で、彼女が生きているのは奇跡に近い。
ただ長時間の陣痛に疲弊しきって、いつ産後熱に掛かるか…。もし何かの感染症に掛かれば命はない。彼女のそばでは元気に泣く薄い茶髪の男児が泣いている。
側にいたい。
側にいられない。

遠い故郷の様子を水晶で見せていてくれた女性の仲間が言った。
「行ってあげたらいかがかしら」
「無理だよ…」
「意気地なしですのね」
戦場を離れるわけには行かないから。なんて言い訳だ。拒絶されるのが怖い。

やっとして、水晶玉が言葉を届けた。妻の声だった。
「カルス」
聞き間違いかと思って、カノンは目を見張る。
「お父さんと名前を一緒に決めたかったけど、仕方ないね。あなたはカルス。この村を救ってくれたすごいお父さんの名前を1字貰おうね」
疲れ果てているはずの妻が、細い手で我が子を抱きたいと手を伸ばしている。

カノンの頬に涙がはたはたと落ちていく。
「これは、帰らなきゃとんでもない雷が落ちますね」
ふふ、と水晶玉を操る女性が言う。
新しい父親は口元を押さえて泣き崩れた。
絶対に絶対に故郷に帰らなきゃいけない…。




桜散る

4/17/2026, 10:24:57 PM