月は天を指し、水面は星を抱く。
風は凪いで草木は耳を澄ませた。
「君とずっと一緒にいたい」
優しい。心に落ちる声だなと思った。
彼の真っ黒な瞳に、不安げな自分が映っていた。
「ずっと、よ」
「ずっとだ」
今度はこちらが覚悟を決める番だ。
「私もあなたと居たい。結婚して下さい」
「もちろん」
結婚式は、もうやっちゃったのにね。
ふふ、と笑って、どちらかともなくキスをした。最初は触れるだけ。2回目はすこし深く。真っ赤になって、顔が見れなくなってしまった。
君の目を見つめると
せり出した丘の下には、深淵たる森が広がっていた。
豊かな水源と全てを受け入れる土壌。
1日の気温差は激しいが適度な雨量が季節ごとにもたらされる。
特徴といえば、眼下に広がる深い湖だった。
今は風も途切れ、星々さえも映す水鏡となっている。
「みんな寝た?」
男性の声に、湖の守護者の少女が振り返る。
豊かな栗色の髪に大きめのロングドレスは少し土に汚れていた。
「うん、さっき」
「そうか、良かった。疲れてたんだろうな」
男性は、近くの小屋で仕事に追われていて一段落したようだ。
仲間たちはみんな旅疲れもあってあっという間に寝てしまった。皆子供だった。自分たちだって20歳にすら満たないけれど年長者の自覚はあった。
「長い旅だったね」
「そうね…」
旅の終わりにこの2人は、とある部族の結束のために仮の結婚までしてしまった。
「いい森だ」
「うん」
この湖を守るために、守護者の少女はここから離れることはまかり通らない。ここで生きていくのだ。
「お仕事お疲れ様でした」
「いいや」
そこまで言って、いやによそよそしいなと男の眉が上がる。
「私はここで生きていく。現世にも戻らない」
元が中学生だった彼女の決意は、余りに大きすぎる。
「貴方のお仕事は私が引き継ぎます」
男性が驚いて目を見張る。
「なんで」
「ここは私が守ります。私がこの湖の主で、この湖の守り人だから」
重荷に思われたくない。明日の朝、影も形も消えて居なくなっててもいいぐらいに本来は無関係なんだもの。
もしこれが、拒絶の言葉なら男性は素直に身を引いただろう。
初めは仲間だった。だけど旅をしていく中で特別に感じたこともある。
「ならオレを雇ってくれないか。…この森の守護者に。ここは貴重な場所だ。いつ別の勢力に見つけられてもおかしくはない」
「雇う…って、警備員みたいな? 守護者になりたいの?」
「いや、あの」
少女から不思議な言葉が出た。
あまり聞き覚えのない単語…いや、そんなことはどうでもいいんだ。そういうのじゃなくてな? と、男は悔しそうに髪を掻きむしる。
何か言いあぐねていると思ったけれど、少女はよく分からない。
知らないふりをしたかった。
「気負わせたくないの。どうか、忘れて」
あの時の、偽物の結婚式が眩しくて悲しい。
少女がまつ毛を伏せたとき、そよと優しい風が吹いた。湖も揺れて星々や月も揺らいだ事だろう。
「忘れられるわけが無いだろう」
がっと男の大きな手が、少女の肩に食い込む。優しい扱いではない。
その瞬間に、少しだけ怯えるかのように硬直した娘の体を、掻き抱く腕があった。
星々だけが静かに幼すぎる2人の告白を見ていた。
「星空の下で」
翌日、仲間たち全員にこの「こっ恥ずかしい大告白」をとっくに知られていることになるのだが知る由もない。
皆、耳だけはとてもいいのだ…。
この状況を変えようと思わないのか?
現実とお前の気持ちを切り離して考えてみるんだ。
それから整理してみる。
必要なものと、欲しいものは別なんだ。
人を羨むな。
お前はお前しかいないんだ。お前にしかなれないのは分かるな。
羨むヤツになりたいか?なりたくないだろ。
憎むアイツになりたいか?なりたくないだろ。
お前はどうしたい?
春の陽気を感じて、花を愛でて、風を受ける。目をあけろ、空はこんなにも広いんだよ…。
連れてってやる。私がいるぞ。
「それでいい」
幼子を取り敢えず御者に任せ道を戻ると、家で待っていたはずの男から、義理程度の拍手が送られた。
「誘い文句お見事でした。殺し文句と言ってもいいぐらいでした。頑張りましたね」
影から見ていたな、コイツ。
後ろから私を軽く抱きしめてくる男が言う。
「いやぁ、あれだけ言われたら救いの神にも見えちゃうかも…。惚れますね」
めずらしくからかう様な口ぶりだ。
私は、でっかいこいつの重みを感じながら、間を持ってから呟く。
「お前が前に私に言ってくれたんだよ…」
「ぅえっ… 僕、ですか?言いました?」
そーだよ… お前の真似したんだよ。だからころりと惚れちまって手放せなくなったんだよ。
「自分の発言に責任持てよ…」
「いやぁ…覚えてません…」
最後はもそもそと口のなかで喋っている男に、私は連戦でへろへろの身体を預けた。
「私は、お前が必要だ。望むなら連れてってやる」
「分かっていますリーダー。連れてって下さい。地獄までもお供します」
抱きしめられて安心するのってなんでかな。
おや。半端なく暴れましたね。
西の青紫の夕方の空に、最初は白い煙が上がっていた。
火事のような光景を見上げながら青年は残りの缶ビールをぐっと煽った。
周囲の人間のざわめきがどんどん増えていく。スマホで撮ったり電話したり、解説動画を作っていたり…。自分の時代では考えられない光景だ。
化学工場とガソリン車が駐車場にもあったし、やがて真っ黒な黒煙と、火球がここからも目視できた。
続いて体を揺らす爆風。
やじ馬の女たちの恐怖の悲鳴が続く。
少し経って、ホテルの窓から少女は帰ってきた。
帰ってきた彼女は煤だらけで埃だらけ。
髪もチリチリだ。早くお風呂に入れてやらなきゃ。誰にも見られていないといいけど…なんて心配は不要だ。彼女はそんなヘマはしない。
薄汚れた服を1枚、また1枚と脱がしてやる。彼女はされるがままだ。
「…なんで、お前は居てくれるんだ…」
「愚問ですね」
「あいつら、私のこと…頭がおかしいとか変とか言うんだ…」
だから燃やした。
「人間なんか、大嫌いだ…。全部潰してやる、全部…」
たったそれだけで。殺人鬼はもうこうなると手が付けられない。
下着だけになった彼女の肩を少し寄せると、向こうから飛び込んできた。煤と油の匂いがする。それから血の匂いも。
怒り狂って毛を逆毛立てている彼女にゾクゾクするし、帰ってきて自分の存在に戸惑う彼女がたまらない。
再確認する。
「僕が居ますよ。僕はあなたのものだ」
肋骨の浮き出た細い体に肩。子どもとは思えない柔らかな尻。細く白い首筋は、いくつもの裂傷のあとがあった。
「忘れないで」
「ん」
「僕が居ます」
分かってる。と、震える腕が顔に巻きついてくる。焼かれた臭いの中に、甘い花のような香りがする。
薄布の彼女を抱きしめても、服のなかには手を入れない。薄い胸と、女性らしい滑らかな脚、細い腰を感じる。
泣きそうだけど泣かない彼女を、ただ羽根のように抱く。
「1つだけ」
大きなゴーレムを把握できなかった。
小さな衛兵の影を落とすのにいっぱいだったからだ。
風圧と共に巨大な手が伸びてくる。見た目通りに物理攻撃だ。
避けるのでは間に合わない。避けても周りの術師から集中攻撃を食らう。
「2人とも動くな!」
翼兵2人とも防衛本能よりも命令を優先し身体を硬直させた。
小さな2人の前に跳んで、いくつもの防御壁を作ってそのまま受け止める。
一瞬止められるような反動があったが、長くは持たない。ビシッっと嫌な音がする。
左舷を任せていた騎馬兵であるヨーテ、オーガ風の鎧兵ドリアンが割って入ってきたのを見て、防御壁を反射させて落ちた。2人を抱えて。
一瞬、記憶がとんでいたらしい。
「リーダー!リーダー!死んだら嫌だ!」
翼兵の一人が胸の上でおうおうと泣いていた。なんだか息苦しいと思ったらこれか…。
「僕たちは代わりが居ます、もうやめて」
お決まりのプログラムされたセリフが出てくる。
「いつもそういうね…」
動く方の手で、ボサボサの頭を撫でる。まだ小学2年とか、そんな小ささだ。
表情は悔しげで、大事にしていたものを壊された男の子なんだけどね。
女の子の方も無事だ。言葉はもともと喋れないが、瞳に悲しそうな光が浮かんでいる。
「お前も無事ね」
こくんと小さな顎が揺れた。
そして大泣きしている失敗作。感情を出して止まらない男の子のほうを抱きしめる。
「お前のかわりも居ないんだよ。もう製造も止まってるNo.9。お前以外は全部処分された」
「知ってる…」
「そうね」
何度も何度も聞かせた話だ。
お前たちが居なければどうやって立てっていうの。
「頭は動く」
首も異常なし。足首も大丈夫。
「行くよ」
掛け声で2人の目が戦闘体系に変わる。
掛け声をかけたら、2人は応戦している仲間めがけてすっ飛んでいった。
そして私も後ろから援護する。何年も変わらない、ずっとこれからも。失うわけには行かないからね。
「お前も代わりは効かないからね」
「存じております」
私を抱いて受け止めていた兵に言う。こちらの青年とも長い付き合いだ。
回復師呼びますか、と言われたけど断る。
「お前も居なきゃ私は生きていけないんだよ。肝に銘じときなよ」
「光栄です。僕も貴方がいなきゃ死にますよ」
最後の方は茶化して終わらせた。お互いよく性格を知ってるからね。
大切なもの