せり出した丘の下には、深淵たる森が広がっていた。
豊かな水源と全てを受け入れる土壌。
1日の気温差は激しいが適度な雨量が季節ごとにもたらされる。
特徴といえば、眼下に広がる深い湖だった。
今は風も途切れ、星々さえも映す水鏡となっている。
「みんな寝た?」
男性の声に、湖の守護者の少女が振り返る。
豊かな栗色の髪に大きめのロングドレスは少し土に汚れていた。
「うん、さっき」
「そうか、良かった。疲れてたんだろうな」
男性は、近くの小屋で仕事に追われていて一段落したようだ。
仲間たちはみんな旅疲れもあってあっという間に寝てしまった。皆子供だった。自分たちだって20歳にすら満たないけれど年長者の自覚はあった。
「長い旅だったね」
「そうね…」
旅の終わりにこの2人は、とある部族の結束のために仮の結婚までしてしまった。
「いい森だ」
「うん」
この湖を守るために、守護者の少女はここから離れることはまかり通らない。ここで生きていくのだ。
「お仕事お疲れ様でした」
「いいや」
そこまで言って、いやによそよそしいなと男の眉が上がる。
「私はここで生きていく。現世にも戻らない」
元が中学生だった彼女の決意は、余りに大きすぎる。
「貴方のお仕事は私が引き継ぎます」
男性が驚いて目を見張る。
「なんで」
「ここは私が守ります。私がこの湖の主で、この湖の守り人だから」
重荷に思われたくない。明日の朝、影も形も消えて居なくなっててもいいぐらいに本来は無関係なんだもの。
もしこれが、拒絶の言葉なら男性は素直に身を引いただろう。
初めは仲間だった。だけど旅をしていく中で特別に感じたこともある。
「ならオレを雇ってくれないか。…この森の守護者に。ここは貴重な場所だ。いつ別の勢力に見つけられてもおかしくはない」
「雇う…って、警備員みたいな? 守護者になりたいの?」
「いや、あの」
少女から不思議な言葉が出た。
あまり聞き覚えのない単語…いや、そんなことはどうでもいいんだ。そういうのじゃなくてな? と、男は悔しそうに髪を掻きむしる。
何か言いあぐねていると思ったけれど、少女はよく分からない。
知らないふりをしたかった。
「気負わせたくないの。どうか、忘れて」
あの時の、偽物の結婚式が眩しくて悲しい。
少女がまつ毛を伏せたとき、そよと優しい風が吹いた。湖も揺れて星々や月も揺らいだ事だろう。
「忘れられるわけが無いだろう」
がっと男の大きな手が、少女の肩に食い込む。優しい扱いではない。
その瞬間に、少しだけ怯えるかのように硬直した娘の体を、掻き抱く腕があった。
星々だけが静かに幼すぎる2人の告白を見ていた。
「星空の下で」
翌日、仲間たち全員にこの「こっ恥ずかしい大告白」をとっくに知られていることになるのだが知る由もない。
皆、耳だけはとてもいいのだ…。
4/6/2026, 10:50:17 AM