#74 世界に一つだけ
愛でるために手折ったのは、私だ。
己の野望の為に捧げられた石に興味はなかった。如何に希少であれ、光を当てねば輝こうともしないのだから。
あれは、身体の内から輝きを発していた。手折った後も鈍ることはなく、一層私を惹きつけた。
露出の少ない薄衣に包まれた、しなやかな身体。
指先で語り、しゃんしゃなりと鳴る多数の装身具の動きすら意のままに。
弦と笛の伴奏で己が肉体を踊りによって奏でるように、その技をこそ魅せる。
咲き誇る禁欲的な華は、舞台の上で輝いていた。
まさに金の名に相応しい。
私の踊り子、唯一の金華よ。
それを、外へ行きたければ行けばいいなどと。手折られた華が地に戻ることは叶わぬというのに。
花瓶に差した華を悪戯な猫の前に差し出すような愚行であった。
しかし心が死んだとて、王という歯車には何の支障もない。国が豊かに回れば良いのだから。
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あの方と私が出会ったのは偶然、それとも必然かしら?
当時の店主が王から贔屓をもらおうとしてね、金華の私が舞を捧げることになったの。
夜の表舞台で働く女の中でも、己の技を魅せる者は華というの。最高級にもなると、金華と呼ばれてチヤホヤされるのよ。
とにかく私は、いつも通りに舞っただけなんだけど、あの方が琴線に触れたから欲しいと仰って。
それは出来ないって、私も店主も断ったんだけど。私はあくまで魅せるだけ。誰の物にもならないのが矜持…だったんだけどねえ。
態度は居丈高なのに、あんまり寂しい目をしてるから。結局絆されちゃって。
ああ見えて、可愛いところがあるのよ。
無理やり妃にもできるのに、
金華の踊り子である誇りを守るために我慢して。
おかげで私、まだ店に籍があるの。ずっと出張扱いで、稼ぎが凄いことになってるわ。
だからね、金華でない部分の私は、あの方にあげることにしたの。
あの方の心は、泉のよう。きれいすぎて誰も棲んでないのよ。だからね。
私の心という花を、あの方の心の水辺に。
私は、あの方の下でしか咲かないし、あの方も私だけに水をくれるのよ。それが嬉しいの。
だけど、所詮切り花ね。水を吸う茎が傷付いては生きていけない。踊り子は踊れなくなったらお終いなの。いずれ、あの方と…あなたを残してしまうことになるわ。あなたたちは性格が似ているから心配ね。
踊れなくなったこと、悔やんでいないわ。私は最後まで踊り子だった。
これからは、あの方の心を慰める花になるわ。
それから、あなたの母親ね。本当に幸せよ。
愛しているわ。
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さらに別視点。
お題からの連想としては安直ですが。
ママンの心配は的中しました。
#73 胸の鼓動
皆、踊りや酒に耽っていた。
だから、はじめは場に興奮しているのだと思った。
そのくらい些細な変化だった。
妃の一人であるエレオラは、不規則な鼓動を刻み始めた胸を思わず押さえた。
(毒…どこから、誰が。いえ、それより)
王の名の下に開かれた夜会。それなりの時間が経っており、やや遅効性の毒物によるものと思われた。
必ず相手を突き止めて責任を取らせると決めたが、それは後回しにする。まずは解毒が先。
取り巻きに声を掛けようとしたが、
「なんてこと…」
会場には、あちらこちらで苦痛に喘ぐものばかり。
異様な光景に、しばし鼓動の跳ねる痛みを忘れて呆然とした。
そうしているうちに、あることに気づく。
-いない。使用人が誰ひとりとして。
雅な音楽を奏でていた楽団ですら姿を消している。
その意味するところを悟り、目の前が暗くなる思いがした。毒にやられ、もはや意地だけで保っていた姿勢を維持できず、へたり込んだ。
「ふむ。思っていたより、いい眺めだな」
聞き覚えのある声。主催でありながら緊張させない為と言って自らの姿は見せなかったのに。
驚きに顔を向けようとしたが、鼓動のたびに増す胸の痛みに、ゆっくりとしか動かせなかった。
「へいか…なぜ…」
小さな声であったが、室内では既にかすかな呻き声しか聞こえず、その耳に届いたようだ。
「なぜ?それを言うなら、なぜ其方は、私の踊り子を死に追いやったのだ。其方たちには確りとした身分と贅沢を与えてやっただろう。それでも国が傾かぬよう、豊かにしてやっただろう。私はあれを愛しただけであったのに」
ドクン、と一際強く鼓動が跳ねた。その苦しさに顔が歪む。
「あれの娘がな、母親そっくりの顔で言うのだ。『一緒に踊りましょう』とな。もう私の鼓動は跳ねることはないと思っていたが。なんと悦なことよ」
ついでに風通しを良くしたから、あれの願い通り今後は民にも富が行き渡るようになるであろうよ。
その言葉を最後に王は去っていく。
衝撃に引き留めることも出来ず思考が止まる。
ぷつんと糸が切れた人形のように身体が倒れた。
もう何年も前のこと。
王ですら忘れたと思っていたのに…
次第に寒気を覚えるようになり、いよいよ死を覚悟したとき。
「ここまで、本当に長かったですわ」
目の前でドレスの裾がふわりと広がり、少女の顔が近づいてきた。
王の愛を奪った忌まわしい踊り子に似た顔の娘。どこか王の面影も感じる。
母の身分が低いとはいえ王女を害するリスクも高く、王が娘に興味を持つ様子が無かったから放っておいた。それが。
怨嗟の言葉ひとつも掛けたかったが、
もう体の自由がきかない。
あんなに激しく打っていた鼓動は、
どんどん弱くなっていく。
その心許なさを最後に、意識は途切れた。
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前話の別視点
踊り子は、踊り子のまま。
王は愛していても身分を与えないことで他の妃と一線を画し守ろうとしていました。自分を嫌いになったときは旅に戻るのを許そうとも。
前話で「元々」とあるのは、周りはそう見ていなかった、ということです。
#72 踊るように
夜中とは信じられないほどに絢爛に満ちた空間が、そこにはあった。
煌びやかなシャンデリア。
色とりどりのドレス。
滑らかに踊るように奏でられる旋律。
選び抜かれた酒や贅を凝らした料理。
ダンスの場でドレスの裾は、それ自体が踊るように見えるほどヒラヒラと舞い上がり、
会話がそこかしこで弾む。
だが、それも当然のことだ。
誰もが心踊るように綿密に設計されているのだから。招待客はもちろん、使用人たちも含め。
会場内にいるものは、この夜会を楽しむ、あるいは楽しませることに夢中で、壁際に佇み壁の花となっている少女へ目を向けることはない。
彼女の服装は、目立たぬ色のドレスに装飾も最低限で、とてもダンスを踊るようには見えなかった。
そんな彼女の目はわずかな変化も見逃さぬよう注意深く招待客へと向けられている。
やがて、その時は来た。
かなり酒を過ごしていた男の歩きがふらつき始めた。しかしその足取りは踊るように軽やかにも見え、まだ周りに違和感を抱かせていない。
次は、真っ赤なドレスを着た女性。手は心臓の辺りで握り込まれている。
おそらく彼女の鼓動は激しく踊るように跳ね、相当苦しいはずだが、しかしプライドが許さないのだろう。金と手間を掛けて保たれた美貌は、僅かに歪められる程度である。
そうした変化が、あちこちで起き始めた。
手筈通り、使用人たちは姿を消している。あちらは、いつのまにか居なくなったように感じているはすだ。
(ここまで、長かった…本当に)
彼女がここにいるのは、この場の結末を見届けるためだ。その目的は、復讐。
最後まで油断していけないと分かりつつも、つい感傷に浸ってしまう。
彼女の母は、この国の王から寵愛を受けていたが、
妬んだ他の妃たちによって、わざと窮屈な靴を履き踊るように強要された。長時間に渡った仕打ちは元々踊り子であった母の命ともいえる足を深く傷つけ、それが元となりこの世を去ってしまった。
彼女は出来る限り身を潜め、何年もかけて味方を見極めた。復讐のついでに国の腐った奴らも掃除することになったが、皆が彼女の手のひらの上で踊るように策を練り、機会を待った。
そうして今を迎えたのである。
存在を気取られてはならないので、
決して表情に出さないが。
心はくるくる踊るように、
歓喜と自制の間で揺れていた。
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踊る「ように」ということは、実際は踊ってないんだよなあ…から、踊りに加わらずにいる女性を指す壁の花を連想しました。
比喩だけじゃないんだな、と実際書いてて気づきました。しつこいくらいに使いました。
#71 時を告げる
雲が流れ、明暗を繰り返している午前。
朝はマシになってきたが、
太陽の動きと共に暑さが圧を掛けてくる。
畑、といっても家庭菜園用の小さいものだが、
そこで花芽のなくなったオクラを土から抜いて、
たまに顔や首へと流れてきた汗を拭った。
今は、秋に向けて次の野菜を植えるための準備…の準備といったところだ。
(暑さはいつまでも夏の様なのに)
先日最後のひとつを収穫したスイカも抜く。
虫が多くなった気がする。
小さなカマキリを見つけて和んでた頃が懐かしい。
可愛くもない煩わしい奴らに眉をしかめつつ、手は止めない。
(ここのところ蝉の声を聞かなくなった気がする)
抜いたものを隅に持っていったら小休憩。
水分補給しながら空を眺めた。
「ふぅ…」
ジージリジリジー…
(あ、セミ)
私の心を読んだかのようなタイミング。
夏はまだいるぞと主張している。
(相手は見つかるのかな)
暑くて手抜きした雑草の中から、
ぴょんとコオロギが飛び出した。
「もう少しだけがんばるか」
季節を精一杯楽しもう。
時を告げる虫たちと共に。
「その前に虫除けスプレーもう一回しとこ」
#70 貝殻
好きな人にピンク色の貝殻を渡すと、恋が叶う-
海が近い、この学校の女子の間で密かに流行っているおまじない。
ちなみに四つ葉のクローバー探しは人気がない。潮風の影響なのかシロツメクサの生育が悪くて、なんというか、そそられない。
貝殻の方は、濃い色であるほど効果が上がるとか、欠けたものを渡すと長続きしないだの、噂はつきない。
その割りに、恋が実った実例に関する内容は、あまり聞かない。代わりに卒業生の実話という名の都市伝説はあるけど、つまりそういうこと。
「とにかく、ヤローに渡すのはいただけない」
桜貝を翳せば、青空とよく映える。
ピンク色に光が透けてきれい。
「この綺麗さを分かってくれる人にならあげたいけど」
見ているだけで、どこか幸せな気分になれる。
うん、見ているだけでいい。
それで充分なんだ。
疲れた腕を引っ込めて、貝殻をポケットに突っ込んだ。
割れていたら、
そういう運命なんだって思うことにしよう。
桜貝のように淡い色した想いを、壊れやすい繊細さに託して帰途についた。
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きっと親や先生との約束を守って海には入らないと思う。思いたい。
まじないと言っても子供のすること。効果があるわけないとしつつも、それでも。