たまき

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#72 踊るように


夜中とは信じられないほどに絢爛に満ちた空間が、そこにはあった。

煌びやかなシャンデリア。
色とりどりのドレス。
滑らかに踊るように奏でられる旋律。
選び抜かれた酒や贅を凝らした料理。

ダンスの場でドレスの裾は、それ自体が踊るように見えるほどヒラヒラと舞い上がり、
会話がそこかしこで弾む。

だが、それも当然のことだ。
誰もが心踊るように綿密に設計されているのだから。招待客はもちろん、使用人たちも含め。

会場内にいるものは、この夜会を楽しむ、あるいは楽しませることに夢中で、壁際に佇み壁の花となっている少女へ目を向けることはない。

彼女の服装は、目立たぬ色のドレスに装飾も最低限で、とてもダンスを踊るようには見えなかった。
そんな彼女の目はわずかな変化も見逃さぬよう注意深く招待客へと向けられている。

やがて、その時は来た。

かなり酒を過ごしていた男の歩きがふらつき始めた。しかしその足取りは踊るように軽やかにも見え、まだ周りに違和感を抱かせていない。

次は、真っ赤なドレスを着た女性。手は心臓の辺りで握り込まれている。
おそらく彼女の鼓動は激しく踊るように跳ね、相当苦しいはずだが、しかしプライドが許さないのだろう。金と手間を掛けて保たれた美貌は、僅かに歪められる程度である。

そうした変化が、あちこちで起き始めた。
手筈通り、使用人たちは姿を消している。あちらは、いつのまにか居なくなったように感じているはすだ。

(ここまで、長かった…本当に)

彼女がここにいるのは、この場の結末を見届けるためだ。その目的は、復讐。
最後まで油断していけないと分かりつつも、つい感傷に浸ってしまう。

彼女の母は、この国の王から寵愛を受けていたが、
妬んだ他の妃たちによって、わざと窮屈な靴を履き踊るように強要された。長時間に渡った仕打ちは元々踊り子であった母の命ともいえる足を深く傷つけ、それが元となりこの世を去ってしまった。

彼女は出来る限り身を潜め、何年もかけて味方を見極めた。復讐のついでに国の腐った奴らも掃除することになったが、皆が彼女の手のひらの上で踊るように策を練り、機会を待った。

そうして今を迎えたのである。

存在を気取られてはならないので、
決して表情に出さないが。

心はくるくる踊るように、
歓喜と自制の間で揺れていた。


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踊る「ように」ということは、実際は踊ってないんだよなあ…から、踊りに加わらずにいる女性を指す壁の花を連想しました。

比喩だけじゃないんだな、と実際書いてて気づきました。しつこいくらいに使いました。

9/7/2023, 4:12:12 PM