#69 きらめき
残暑の季節になって、やっと知っている夏の暑さになってきた、今日この頃。
私たちは硬いアスファルトの道から外れて、公園の林へと足を踏み入れた、のだが。
「うわ、わっ」
足から伝わる、土の上に落ち葉が積み重なった柔らかな感触に驚いてしまい、思わず体がよろめいた。
「っ、大丈夫か」
隣の彼が咄嗟に腕を掴んだのに、内心また驚いた。
「う、うん。もう大丈夫」
「念の為、このまま繋いで歩こう」
そうして改めて握られた手を振り解くのはハードルが高い。恥ずかしさを我慢して、共に歩き出した。
「地面がふかふか、っていうかモフモフしてる」
「アスファルトから来ると変な感じだよな」
自然の刺激の多さと緊張もあって、落ち葉を踏む音を供にして、しばらく無言で歩く。
そのうち手の温度にも、土の歩き心地にも慣れてきて、周りを見回す余裕が出てきた。
風が吹き抜けて髪を揺らしていく。
「風が気持ちいいね」
「そうだな、涼しく感じる。きょろきょろしてると転ぶぞ。そこのベンチに座ろうか」
気恥ずかしさを感じつつも、勧められるままにベンチへ座った。
彼に倣って上を見上げれば、
日光を受ける葉の揺れ動く煌めきが視界いっぱいに広がり、ざあざあとした音に包まれる心地がした。
ここは、まるで海のようだ。
(さしずめ、ここは海底かしら)
思いっきり息を吸い込めば、潮ではなく土の香りがした。
「気に入ったか?」
掛けられた声に顔を向けると、思っていたより顔が近くて息を呑んだ。
微笑んだ彼の瞳が、木々の隙間から差し込んだ光を受けて、きらめいた。
#68 些細なことでも
些細:
あまり重要ではないさま。
取るに足らないさま。
本当にそれは「些細なこと」なのだろうか?
物事の大小というのは、
実はとても主観的なことでもあると思う。
スケールの大小は客観的に比べられるけど、
重要と感じるか、そうでないかは、
その人の気持ちだから。
とはいえ、気にしすぎている時があるから、
楽観的に考えることも大事なんだけど。
いちいち掬い上げる余裕のないときだってあるし。
だけど、
些細(に思うよう)なことでも、そこには意図がある。
時には立ち止まって。
「本当のところはどうなの?」って、
自分に問い掛けたい。
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さて、ここにプリンがあります。
ただし、プリンは自分のものではありません。
また、『ここ』がどのような場面にあるかは任意とします。
食べますか?食べませんか?
#67 心の灯火
心の中に灯火を持ち続けるんだよ…
そうすれば、神さまは見ていてくださる…
そうすれば…
ふうっと意識が浮上し、目が覚めた。
久しぶりに見た夢に出てきたのは、祖母だった。
目覚めは最悪だが、時間は待ってくれない。
仕事に行く支度を進めながらも、思考は夢の余韻に引きずられる。
灯火という言葉の柔らかなイメージとは真逆の、
業火のような執着に気づいてからは、
祖母とは少しずつ慎重に距離を置いてきた。
(押し付けの貰い火なんか要らない、私は自分で)
自分の目で見て、耳で聞いて。考えて。
意地を張ってる自覚はある。
だけど、私は自分の足で歩いていきたい。
気合いを入れようと勢いよくカーテンを開けると、
太陽の光を反射したビルの窓が煌めいて見えた。
その眩しさに目を細めて逸らし、
朝食の準備に取り掛かるためキッチンへと足を向けた。
目の奥に残った刺すような光は炎となって。
心に燻る火を飲み込み、焼き消していった。
#66 開けないLINE
日常生活に溶け込んだLINE。
中には、電話番号の検索や友だち追加など、プライバシーを気にして設定をいじっている人もいることだろう。
これから話に出てくる男もそうだった。
こんな話がある。
LINEの通知音が鳴り、
男は自分のスマホを手に取った。
「ん?なんだこれ」
表示されていた名前は、見たことのないもの。
本文は、何故か表示されていない。
男の交友関係は、家族、少数の友人など最低限なもので、仕事関係の相手には社用のスマホがあり、そちらを使用している。
つまり、不審な人物からトークが届いたのである。
何も操作しなかったため、やがて画面は暗くなった。
(もしかして、これが…)
友人との酒の席で聞いた、都市伝説のような話。
全くの与太話だろうと本気にしていなかったが。
暗いままの画面をじっと見つめたまま、途方に暮れていると。
「うわ!」
軽快な音と共に、スマホの画面にはLINEからの通知が表示された。送信元は-
同じ相手。今度も本文なし。
とりあえず、このままトーク画面を開くのはマズいと思い、通知からではなく、ホーム画面からLINEを起動させる。
友だち追加したのに忘れていたか、相手が名前を変えたのに気づかなかっただけで知り合いかもしれない。
自分の交友関係の狭さには目を瞑り、そんな一縷の望みをかけて友だちリストを見ていく。
名前は-
なかった。
「ねえ、開けないの?」
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あけないの?ひらけないの?どっちなの?
悩んだ結果のホラー風味。もちろん、フィクション。
夜中に投稿するつもりが寝落ちしました。残念。
#65 不完全な僕
かくん、と力が抜け、地面が近づいてくる。
なんとか手をつき、顔を打つのは避けたが。
体を起こす力が足りなかったので、そのまま道外れの草むらに向かって転がった。
仰向けになり、吸い込まれるような青い空を見た。
走り過ぎて痛むほどに上がった呼吸。
今にも飛び出しそうな心臓。
汗で服が張り付いて、とにかく気持ち悪い。
この息が、この鼓動が、代謝が、止まる時。
僕は完全な--になるんだ。
でも、それまでは。
ああ、
どうしようもなく、不完全だ。
僕は、生きている。
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完全=変化がない、不可逆的という解釈。
いやいや不完全な僕って当たり前じゃないか。だって…から始まり。
ウンウン考えて、
生き物が世代交代しながら進化を目指していく限り、完全にはなれず、そして、それが生きている証なんだということにしました。
不変の完全より、
何もかもが移り変わっていく不完全こそを愛したい。(ただし地球温暖化は除く)
ちなみに、生まれたら死ぬまで一直線な人間とは少し違った生き物がいます。
休眠すると耐久性MAXになるクマムシや、
危機的状況下で若返るベニクラゲに、
1000年以上も経って発芽した古代蓮。
気になる方は自由研究だと思って。