桜の花が散ると、どんな気持ちになるだろう。
わたしは、まだ見たかった、残念だ、もったいないと、毎年桜の花が散る様子をみる度に思っていた。
桜の花が散るのは綺麗だけど、散った花びらは、もう元に戻ることはない。こんなにきれいならずっと満開だといいのに。
今年も桜はこれまでと変わらず咲き誇った。
満開のときが一番、みにきた人のなかで笑顔を浮かべている人が多かった気がする。
わたしもそのなかの一人だ。
しかし、今年のわたしは、桜が散ったあとも、満開のときと同じ表情になっていたと思う。
今年、桜の花が散ったあと、これまで毎年感じていた”負の感情”がなかった。
桜の花が若葉に移りゆく様子をみるなかで、桜が満開のときと同じくらい閑麗で、かつ、自然の力強さを感じる瞬間がたくさんあった。
桜の花が若葉に移りゆくことを受け入れられた理由に自分自身が変化を受け入れられるようになったことがあるのではないかと思う。
今の生活、家族や友達との関係、自分自身でさえも、変わりたいと思いながら、変わることが怖かった。
ずっと変わらなければいいのにと思っていた。今が永遠に続けばいいのにと。
だけど、ここ最近、”この世界は変化し続ける”ということを、がんばらなくても受け入れられるようになった。
これまで、身体は家の外に出ることができても、こころは硬い殻に閉じこもっていた。
けれど、もう殻は柔らかくなって、いつでも破って出ることができる。
こころが、旅に出る準備はできた。
不安はあるけど、それは当たり前だと思えば割り切れる。
不安と同じくらい希望もあると思えば、勇気が湧いてくる。
さあ、次はどこへ行こうか。
________どこへ行こう__________________________ 。
お互いを想いあっている二人をみると、わたしまで幸せな気持ちになる。
二人は、世界に二人だけではない。二人以外にも、”人”がいるから、なんらかの”コミュニティ”に属さないといけない。
その”コミュニティ”のなかで生きていく二人は、ときにボタンがかけ違ってしまうように、感情と行動が一致しなくなり、そのかけ違いに気づかないまま、すれ違ってしまうこともある。
すれ違っている間も、お互いに相手のことが大好きなのは変わらないし、その想いはより大きくなっていく。
そして、そのうち二人ともボタンのかけ違いに気づいて、たくさん笑って泣いてから、二人で一緒にボタンをかけ直す。
すれ違うことは、この二人にとっては距離が縮まるきっかけの一つなんだね。
大好きが溢れていて、幸せな気持ちになる。
この二人をみていたら。
_____________big love! _________________________。
君がささやいた声で、わたしは思い出せたんだ。
世間の常識から外れたら、この世界で生きていけないと思っていた。
他人から認めてもらいたい気持ちに縛られて、身動きがとれなくなっていることに気づかずに、個性を殺して周りの人たちと同じ様に生きていた。
あるとき、夢で君に出会った。君は、わたしの耳元で何かをささやいた、その後、両側の口角を少しだけ上げた。
さあ、きみはどうすると言わんばかりの顔を二、三秒わたしにむけた。驚いているわたしを残して、瞬きの間に消えてしまった。
君がなんて言ったかは思い出せないんだけど、この一瞬で、わたしは一番大切なたった一つのことを思い出せたということは覚えているんだ。
ありがとう。夢の中のともだち。
_________ささやき______________________________。
星明かりに照らされた道を歩く。
夜が現実をぼやかしているとすれば、星はそのぼやかされた現実を少しだけ明るくしてみせてくれる。
星が瞬いているのか、わたしが瞬きしたから星が瞬いてみえたのか、実際に目を閉じている間は確認ができないため、自分だけではこのうちのどちらかなのか確かめられない。
そんなくだらないことの答え合わせをしてくれる人が近くにいる幸せが、ぼやけた現実にもあるんだってわかったら、ずっと夜が続けばいいと思ってしまう。
だけど、朝が来て、昼になって、夜に戻る。毎日、日の出と日の入りがある。だから、夜は夜たらしめることができる。
星明かりの下に立ったときは、夜がぼやかした現実を手のひらに乗せて、星明かりに当てると、化学反応が起きて、少し明るいエネルギーが生まれる。
きっと明日も、少し明るい夜がまたやってくる。
__________________________________星明かり_____。
幼いときにみた、絵本かアニメかの話で、こんなシーンがあった。
子どもたちが、灯台のなかで、ろうそくの灯りを使って影絵で遊ぶシーンだ。
ここからは、記憶が曖昧だが、灯台のなかで影絵をしたら、その影が灯台の外の海上に映し出され、海上の船乗り達は不思議そうに、その影絵をみつめている。
その先は全く話を思い出せないため、話のオチはわからないが、灯台のなかで影絵をするという、夢のような遊びに憧れた。
灯台の本来の役割を果たせないため、実際にこの遊びをすることはできないし、そもそも、現時点で機能している灯台はほとんどない。
だからこそ、幼いときに、この遊びに魅力を感じたのかもしれない。夢のようで、幻のような遊びに。
今でも、夜になるとふと、この遊びを思い出す瞬間がある。
真っ暗な部屋で、間接照明に当たったモノの影が、偶然壁に映ったとき、影が動物みたいに動いて見えるときだ。
灯台のなかで、ろうそくの灯りを使って影絵で遊ぶような、わくわくするような夢をみれることを願いながら、床に就く。
わたしの小さな幸せが確かにある夜。
__________________________________影絵_________。