わをん

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9/17/2024, 3:40:05 AM

『空が泣く』

小さな町の悪党の親分はあるとき小さなこどもが震える手で握り締めたナイフに刺され、それでぽっくりと旅立ってしまった。こどもの父親は長い間金を巻き上げられた挙げ句に病気で死んだというから自業自得ではあるのだろう。けれど親分にこどもの時分に拾われた俺や、人知れず孤児院に寄付を続けていたことを知る人たちは大いに悲しんだ。
親分の葬式に人が集まらなかったのは、親分がいなくなったあとの悪党たちが長い間目の上のたんこぶだったものがきれいサッパリ無くなった喜びで酒盛りをしているのもあるが、単純には世間様に嫌われていたからだろう。それでも大きな棺が小さなこどもたちの手で花に飾られるさまはその場にいた人の心の慰めになった。
墓場へと向かう葬列にぽつりぽつりと雨が滴ってくる。親分の泣くところはついぞ見たことがなかったけれど、それは今このときなのかもしれなかった。

9/16/2024, 3:55:46 AM

『君からのLINE』

せっかくの連休だからと時間を気にせずゲームをしていたら夜から朝になっていた。明るみはじめた窓の外を見ながらベッドにのそのそと寝転びぐうすか眠っていたところ、スマートフォンから通知音が鳴る。
“今日ヒマ?”
暇ではあるけれど徹ゲーしてたので寝てたい。
“寝て起きても夕方じゃなかったら掃除しに来て”
りょ。
やや寝ぼけながらのメッセージのやりとりを経て目が覚めると時刻は昼を過ぎたところ。
「……掃除?」
どこへ掃除しに行くのか、そして誰とのやり取りだったのかを確かめようとアプリを見てみるけれど、誰ともやりとりをした形跡が残っていない。ならばあれは夢だったのかと思いながら水を飲み、シャワーを浴び、昼ごはんのカップ麺をすする。なにげなくカレンダーを見て来週も三連休だなと思ううちに掃除というワードに思い当たった。
「墓掃除か」
来週は秋分の日であり、あの世とこの世が近づく秋のお彼岸でもある。夢にまで出てメッセージを送ってきた人物はおそらく自分のご先祖のうちの誰かなのだろう。頼まれては行くしかないな、と観念して残りわずかのカップ麺をすすりあげた。

9/15/2024, 7:19:57 AM

『命が燃え尽きるまで』

先ほどまで元気いっぱいにカサカサ走り回っていた触覚の長い黒光りした虫は、最近CMでも放送されているスプレーのワンプッシュであからさまに不自然な動きを見せ始めた。ひと昔前の記憶にある殺虫スプレーとあまりに違う薬剤の効きように企業の絶え間ない努力の成果を感じずにはいられない。
ただ、効果の程はあっても静かに穏やかに動かずに天に召されるという現象を引き起こすことはできないらしい。黒光りした虫はやがて苦しみにのたうち回るかのように縦横無尽に部屋を走り始めたので、私は全身の肌を粟立てさせながらあわてて部屋のドアというドアを閉めた。こうなってしまってはあの虫の命が燃え尽きるまで部屋には入れない。というか入りたくない。
しばらく時間を潰すしかないか、とスマートフォンに手を伸ばそうとしたところ、手元にもポケットにもその手触りがない。思い当たるのは締め切った部屋のテーブルの上。虫の命が尽きるのを待つか、犠牲を払って部屋に突入するか。私の心の天秤は振れに振れてまったく定まろうとはしてくれなかった。

9/14/2024, 3:41:08 AM

『夜明け前』

大型バスに乗って舗装されている所まで行き、そこから山の頂上を徒歩で目指すルートに降り立つと、あたりはまだ闇の中。人の人との話し声と石と土の道を歩く音を聞いているときに思ったことは、眠れずにスマートフォンを見るでもなく見ていた時間のこと。
目は動画や画像を追っているのに何も頭に入ってこない。眠気が来るのを待っているのに眠たくなるどころか目が冴えてくる。いつから眠るのが下手くそになってしまったのかと記憶を遡っても何が原因かわからない。このままでは死んでしまうのではと思い始めたときに無理矢理にでも思考を変えたくていつかやりたいと思っていたことを考えたときに最初に出てきたのがご来光のことだった。
時計を見てみるとスマートフォンを眠れずに眺めていたときと同じ時刻がバックライトに映し出された。時間の過ごし方のあまりの違いに今、山頂近くから東の方角を見つめている状況が夢なのかもと思えてくる。
もうすぐ音もなく光が差し込んでくる。その光を見たときに、私の中の何かは変わってくれるだろうか。眠れずにスマートフォンを見ていた時間をもう繰り返さずに済むだろうか。膨らみ過ぎた期待を抱えながら、昇る光をいまかいまかと待ちわびていた。

9/13/2024, 4:06:56 AM

『本気の恋』

デートの待ち合わせをすっぽかされ、もう帰ってしまおうかと思っていたところに現れた彼は他の女とデートをしていた。
「でもほんとは今日、彼女さんとデートだったんでしょ?」
「あぁ、あれは遊びの彼女。本命はおまえだよ」
タイミングよく、あるいは悪く私のことを話題に出してくれたので私は自分の置かれた立ち位置を知るとともに、私と約束していたデートの場所にのこのこと現れた彼の浅はかな言動に大いに幻滅した。恋はいつでも本気で立ち向かうものだと思っていたから、なおのことだった。
「ねぇ、」
本気で立ち向かっていた私は彼の前にわざわざ現れた。薄笑いを浮かべた彼は私と付き合っている間に私がどういう女なのかをどこまで知っていただろうか。
「あれ、まだいたんだ。ごめん今日でわかれて、」
彼の頬を鷲掴み、それ以上の言葉を遮る。彼の前ではかよわい女を演じ通していたから、まさか片手で吊り上げられるとは思ってもいなかっただろう。恐怖に引き攣り、助けて、と言いたげな顔を見ているうちに、私も彼もお互い本当のことを知ってはいなかったのだとはたと気づいて虚しくなった。力が抜けたことで地面に崩れ落ちた元彼氏に駆け寄るような女はいなかった。
「本気の恋って難しいな……」
ひとつの恋が破れて、情けなさとも悲しさとも判別のつかない涙が一筋だけ流れた。

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