『雨に佇む』
夏祭りで掬った金魚が水槽の水面近くに裏返っているのを見つけたこどもは朝からしくしくと泣いていた。湿度も気温も高い日に庭先の一角にこしらえた金魚のお墓に雨のひとしずくがぽつりと落ちて土の色を変える。まぶたを腫らしたこどもはお墓を見つめていて、一つまた一つと落ちる雨雫がアスファルトや屋根瓦の色を残らず塗り替えてもそこから動かなかった。
「涙雨が降ってきたね」
雨に佇むこどもに傘を差し出して寄り添う。
「なみだあめ、ってなに?」
「金魚の悲しい気持ちと、君の悲しい気持ちが合わさってできた雨だよ」
雨の降り続く空を眺めていると、こどもが抱きついてまた泣きはじめた。しっとりと濡れた頭や濡れそぼる体から悲しさが溢れ出ているのを傘で塞がった片手で優しくあやしながら、雨が収まるようにと願い続けていた。
『私の日記帳』
家に誰もいない夏休み。家に誰もいなくて退屈だから、家族の部屋に少しぐらい立ち入って、少しぐらい秘密がないか調べるのも許されるだろう。
そうして親の部屋から見つけた一冊のくたびれたノートは文房具屋や百均でも見るような昔からどこにでもあるようなものだった。家計簿や何かの使い差しのものだろうとなんの気なしに開いてみたところ、それはどうやら日記帳だった。
小さな頃、兄におやつを勝手に食べられて泣かされたことが文字の読み書きも知らないはずの私の文字で書き記してある。小学生の頃、初恋かもしれないときめきの様子が小学生には知りえない言い回しを使って詩的に書き記してある。書いた覚えのない日記に記されていることは私の頭にすべて記憶されていることだった。読んだページすべてがそうだったから、この先に続くページもそうなのだろう。恐ろしくなった私は震える手で日記帳を閉じて元の場所に戻し、そして今日のことを誰にも話さずに忘れることにした。
『向かい合わせ』
観覧車のモーターがゴウンゴウンと低く唸り鉄筋が時折軋む。ふたりを乗せたゴンドラは地上からゆっくり離れて車輪の軌道をなぞっていく。夜空には少し欠けた月と煌めく星が広がってロマンチックではあったけれど、夜とはいえ気温のあまり下がらない熱帯夜にほぼ密室のゴンドラに乗るのはあまり得策ではなかったかもしれない。
「ごめん。夜だったらちょっとは涼しいと思ってた」
ハンディファンをフル稼働させる向かい合わせの彼は申し訳無さそうにしている。折しも観覧車はてっぺんに近づいて、両隣のゴンドラが死角に入りかけていた。
「じゃあ、誠意を見せてもらおうかな」
言葉の意味をシチュエーションから察したらしい彼は向かい合わせの席から腰を少し浮かせると、誠意、見せます、と言ってくちづけた。ハンディファンのモーター音がうるさいはずだったけれど長く短い一瞬はさまざまなノイズを忘れさせた。
ゴンドラがてっぺんを越えて地上へと向かい始める。向かい合わせに座り直した彼と私は昇りのときより暑いねなどと言っては落ち着きなく夜空を眺めていた。
『やるせない気持ち』
見ていることしかできないことがたくさんある。駅の隅に段ボールを敷いて眠る人を見たとき。小さなこどもが親に暴言を浴びせられているのを見たとき。道に横たわって動かない猫を車が避けて通るのを見たとき。世界に目を向ければそれこそ果てのないぐらい。
さまざまなものを見て胸にわだかまりを自覚するのは、自分ではどうしようもないことだからなのか、それとも自分がいつかはあれをする、またはされる可能性があるからなのか。答えは出ない。ただやるせない。
『海へ』
瞳からこぼれる涙からほんの僅かに海の香りがする。体を巡る血の流れからほんの僅かに潮騒の音がする。海のない国に生まれ、海のない国の戦場で仰向けになって死を待つ自らの体に人が海から生まれた名残があることに今さらながら気がついた。重たさを増すまぶたに抗えず意識を手放す間際、空の青さに一目見ることもなかった海の青さを重ね合わせる。いつかは海というものを見てみたかった。海のない国で生まれて、国を出ることなく死にゆくときに思ったことはそれだった。