『向かい合わせ』
観覧車のモーターがゴウンゴウンと低く唸り鉄筋が時折軋む。ふたりを乗せたゴンドラは地上からゆっくり離れて車輪の軌道をなぞっていく。夜空には少し欠けた月と煌めく星が広がってロマンチックではあったけれど、夜とはいえ気温のあまり下がらない熱帯夜にほぼ密室のゴンドラに乗るのはあまり得策ではなかったかもしれない。
「ごめん。夜だったらちょっとは涼しいと思ってた」
ハンディファンをフル稼働させる向かい合わせの彼は申し訳無さそうにしている。折しも観覧車はてっぺんに近づいて、両隣のゴンドラが死角に入りかけていた。
「じゃあ、誠意を見せてもらおうかな」
言葉の意味をシチュエーションから察したらしい彼は向かい合わせの席から腰を少し浮かせると、誠意、見せます、と言ってくちづけた。ハンディファンのモーター音がうるさいはずだったけれど長く短い一瞬はさまざまなノイズを忘れさせた。
ゴンドラがてっぺんを越えて地上へと向かい始める。向かい合わせに座り直した彼と私は昇りのときより暑いねなどと言っては落ち着きなく夜空を眺めていた。
8/26/2024, 4:13:23 AM