『この道の先に』
たまたま街で見かけたひとのファッションの格好良さに一目惚れのようになり、思わず声をかけていた。
「その服、どこで売ってますか……!?」
女性とも男性とも判別のつかない背の高いその人は軽い驚きのあと、どこの骨ともわからないちんちくりんな私に微笑んで言った。
「これはね、自分で作ったの」
服を作るなんてことは家庭科の授業でしか習わないことであり、服といえば買うものという認識しかなかった私は衝撃のあまりに思考が停止した。格好良いその人は何かを言っていたと思うのだが、ろくな受け答えのできなくなった私が気がついたときにはその場から姿を消していた。
家に帰って母にミシンはないかと問い詰め、発掘されたミシンで手当たり次第に縫い物を始めた。それからというもの手芸屋は行きつけの店となり、ハイセンスなファッション雑誌を眺めては見様見真似の試行錯誤が続いていった。ファッション雑誌を読むようになってから、街で見かけたあのひとが世界的にも有名なデザイナーだと知ったのもこの頃。憧れと独学で突然始まった裁縫の道を歩み続けていけばいつかまた会えることもあるのかもしれないと漠然とそう思っていた。
専門学校を経てちんちくりんなりにも格好良いものを作れるようになってさらに数年。
「あらアナタ。ずいぶん素敵な服着てるわね」
街角で女性とも男性とも判別のつかない背の高い人に声をかけられた。
「貴方こそ、めちゃくちゃ格好良い服着てますね……!」
年月を経ても格好良さの変わらないその人はいつかの邂逅の再現に悪戯っぽく微笑んだ。
『日差し』
荷を積ませたラクダが日を遮るもののない砂漠を進む。帽子から垂れる長い日除けは風になびき、砂混じりの乾いた風が刺すような日差しとともに肌にピシピシと吹き付けた。もう少しも経てば西に傾いた太陽は地平へ落ち、その頃には遠くに見える街にも着いて一息つけていることだろう。
オレンジ色の真っ直ぐな光が影を遠くに伸ばし、果てなく続く砂の山の複雑な砂紋と不思議な陰影を見せている。やがて薄暮の街に明かりがぽつぽつと灯り始め、急いた気持ちを察するかのようにラクダは歩みを速めていった。
『窓越しに見えるのは』
スマートフォンから顔を上げて窓の外を見るとさっきまで晴れていた空には灰色の雲が立ち込めており、降り出した雨と干しっぱなしの洗濯物が視界に映った。慌ててサンダルをつっかけ、ハンガーをまとめて抱えて家の中へと戻る頃にはごうごうと音が鳴るほどの豪雨が窓を叩いていた。やっちまった感に駆られていたけれどちょっぴり湿り気を帯びる程度で済んだのはまだ良かったほうだと内心胸を撫で下ろす。
天気予報アプリの雨雲レーダーが赤みがかっているのを見ながら雲を覗き込むのと、稲光が走ったのはほとんど同時だった。遅れることわずか数秒の轟音は地響きすら巻き起こす。洗濯物の次は家じゅうのコンセントからプラグを抜きに走ることとなった。
『赤い糸』
縁切りで有名な神社へ行ってみた。ご利益はあるけるどやり方が少々手荒いと噂の神様は届いた願いをふむふむと読むと、手にしたハサミで赤い糸もそうでない糸もまとめてジャキジャキと断ち切っていた。確かに手荒だったけれど、そうでもしなければあとに控える山と積まれた願いを片付けられないのかもしれない。人の願いに際限がないのも考えものだ。お疲れ様です、と声を掛けると神様はチラとこちらに視線を向けて頷き、そしてまた縁切りに勤しんでいた。
『入道雲』
ヒマワリでできた迷路に足を踏み入れてからけっこうな時間が経過している。俺の行く手を先々で阻む身の丈を越すほどに巨大なヒマワリの花を見上げて睨みつけるも花は太陽のことばかり気にしてこちらに目もくれない。周りからは家族連れやこどもの声が和やかに聞こえてくるのだが、致命的に方向感覚が鈍い俺には心の安らぐ材料に成り得なかった。
「あ、いた」
聞き覚えのある声のする方を向くと見知った顔。迷路に行ってみようと誘ってきた友人は一向に出口に現れない俺を探しにきてくれたらしい。ちょっと涙腺が緩むぐらいには安心してしまった。
「もう一生出られないかと……」
「ごめん、方向オンチがここまでとは思ってなくて……」
頼もしい背中の後をついてヒマワリの立ち並ぶ道を進んでいくとどれだけ望んでもたどり着けなかった出口が見えてきた。ここまで来られたのは先導してくれた友人のおかげだ。
「君は俺の命の恩人であると言っても過言ではない」
「完全に言い過ぎだけど、どういたしまして」
開けた視界には青い空にもくもくと湧き上がる入道雲がこちらを見下ろしていて、右往左往する人間たちを面白そうに観察しているかのようだった。