わをん

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6/24/2024, 4:19:45 AM

『子供の頃は』

水の張られた田んぼを覗くと黒い体に尾だけが付いた生き物が植わった稲の周りを所狭しと泳ぎ回っていた。まだ1桁台の幼児だった頃の、手に持つものすべて握りつぶす記憶がうすぼんやりとだが残っており、そのせいでオタマジャクシにはちょっとした罪悪感がある。ななつまでは神のうち、という言葉にどうにか許してもらって今も生きている気がする。

6/23/2024, 2:02:12 AM

『日常』

朝。食パンにスライスチーズを乗せてトースターへ入れる。その間に昨日洗った食器を食器棚やカトラリー入れに片付け、タイマーで炊飯器に炊きあがったごはんをかき混ぜ、電気ケトルでお湯を沸かす。トースターのベルが鳴り響くタイミングにマグカップに入れたインスタントコーヒーにお湯を注いでミルクをちょい足しするのが間に合うと朝食の完成。一人暮らしの朝はこんな感じを長年続けてきたけれど、もう少しすると二人暮らしが始まる。そのために今日も不動産屋さんに相談しに行く予定だ。毎朝の日常が2人で暮らすとまた違う変化が起きて、それもまた日常になっていくのだろうか。そんな妄想をぽやぽや考えているとスマートフォンからメッセージの着信を知らせるメロディーが流れた。
“おはよう!もう起きてる?寝癖を直す時間はたっぷりめに取ろうね”
時計を見ると待ち合わせの時間が迫っているし、後頭部を触ると逆立つ寝癖の感触がある。短く返信を打った僕は朝食をモゴモゴと片付けて、あわてて洗面台へと向かった。

6/22/2024, 6:02:31 AM

『好きな色』

赤色の似合うブルベ冬に生まれたかったと思いながらのライブ開演前。Tシャツやパーカー、タオルに至るまで赤色が浸透しており、フロアに詰める男女たちはそれらを纏って幕が開くのを今か今かと待っている。バンドグッズに赤色が多いのは、バンドのボーカルが普段から赤い服ばかり着ているため。ブルべイエベの概念を知って似合う色と好きな色との剥離に少しばかり落ち込んだのは割と最近のことだ。自分に似合う色はいわゆるくすみカラーだけど、みんな似合うかどうかでその色を好きなわけではないのだろうなと周りをこっそり見渡しながら今着ているTシャツや、スニーカーの赤色を思う。
フロアのBGMの音量と照明が小さくなっていき時刻を確認すれば開演時間ジャスト。誰ともなく観客から歓声が上がる。暗い照明の中、出囃子として選ばれた曲が流れ、手ぶらでやってきたバンドメンバーが声援を受けながらステージに置かれた楽器を携えると視線を交わして今日のライブ最初の曲に備えた。
そうして演奏が始まった瞬間にはくすみカラーのこともブルベ冬のことも頭から離れて今見ているものに追いつくことでいっぱいになっている。今日もステージ上のボーカルは赤色に塗れて喉が裂けそうになるくらいの叫びを全身全霊を込めて上げていた。何に対してかわからない涙が滲むとともに、自分の好きな色はこのバンドを好きな限りは変わらないのだろうと思っていた。

6/21/2024, 6:05:38 AM

『あなたがいたから』

幼なじみが世界を脅かす魔王を打ち倒す使命を持った勇者だとして村を出て討伐の旅に出ることになった。ただの村娘が旅に同行させてほしいと願い出たのを周りは疎ましげに見てきた中、彼だけは歓迎してくれた。何もできなかった非力な私は旅のさなかに実戦的な魔法を学び唱えて反省して次に活かし、少しずつ力を身に着けた。それを間近で見ていた仲間たちは次第に認めてくれるようになり、それぞれの力を切磋琢磨して高め合うようになっていった。
魔王との決戦の時。強大な相手と充分渡り合える、と慢心したのがいけなかった。魔王は姿形を変えてこれまでの戦い方すらも一変させ、仲間たちと彼は地に伏すこととなった。この状況に魔王が油断している今、ただ一人立っている私ができることはみんなを復活させる代わりに私が犠牲となる魔法の長い長い詠唱を始めること。
私のこれまでの思い出とはあの村で一緒に遊んでいた彼が名実ともに勇者になっていくまでの軌跡。異国の女王様に見惚れていた彼を杖で小突いたことや、立ち寄った街で小さなこどもたちと遊んであげている彼を見つめていたこと、魔物の襲来から間一髪で護ってくれた彼の後ろ姿をたくましく思ったこと。好きだった彼をもっと好きになっていった思い出が現れては消えていく。ただの村娘だった私が仲間の言葉を借りれば“並び立つ者のいない大魔法使い”になれたのはあなたがそばにいてくれたから。
仲間たちが立ち上がり、魔王に驚愕と恐れの表情が浮かぶのを溢れかえる涙と急激な眠気のせいで見届けることはできなかった。地面に倒れ込む間際に呟いた告白は誰にも聞かれなかったはずだけど、誰かに受け止められる感触が意識の遠のく私の最後の記憶となった。

6/20/2024, 4:09:20 AM

『相合傘』

授業終わりに男友達とのおしゃべりがノリにノッて気づけば17時を回りかけていた。そういえば今日は雨予報だとお母さんが出掛けに教えてくれていたのを思い出して窓の外に目を凝らすとくもり空を背景に斜めの筋がいくつも見えてくる。
「雨降ってるわ」
「マジか」
昇降口で上履きと靴を履き替えて外を伺うとアスファルトに水玉模様が現れていて雨が降りたてのときの匂いが漂っていた。
「折りたたみあるけど、途中まで入ってく?」
「しのびねぇな」
「かまわんよ」
ふたりで入るのはやや小さい傘に肩を並べて、けれど謎の遠慮で一定の間隔が開いたまま、雨音を聞いていた。あれだけしゃべっていたのになぜだか言葉少なになっていた。通りすがりの人が見たらカップルだと思われるだろうか、とか普段考えないことを考えてしまう。
「なぁ」
「な、なに」
「俺こっちだから。傘あんがと」
気づけば帰り道の別れ際になっていて、ほんのりと残念に思う気持ちに気づいた。友達はカバンから黒い棒状のものを取り出すと、それを開いて歩きだしていく。
「えっ、あれ?」
黒い折りたたみ傘を差した友達は、ふり返るとニヤリと笑う。
「わざと?」
「わざと!」
それだけ言うとこころなしか赤い顔をして走り去っていった。残された私はうれしさや恥ずかしさややられたという気持ちでいっぱいになり、しばらくその場に立ち続けていた。

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