わをん

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『あなたがいたから』

幼なじみが世界を脅かす魔王を打ち倒す使命を持った勇者だとして村を出て討伐の旅に出ることになった。ただの村娘が旅に同行させてほしいと願い出たのを周りは疎ましげに見てきた中、彼だけは歓迎してくれた。何もできなかった非力な私は旅のさなかに実戦的な魔法を学び唱えて反省して次に活かし、少しずつ力を身に着けた。それを間近で見ていた仲間たちは次第に認めてくれるようになり、それぞれの力を切磋琢磨して高め合うようになっていった。
魔王との決戦の時。強大な相手と充分渡り合える、と慢心したのがいけなかった。魔王は姿形を変えてこれまでの戦い方すらも一変させ、仲間たちと彼は地に伏すこととなった。この状況に魔王が油断している今、ただ一人立っている私ができることはみんなを復活させる代わりに私が犠牲となる魔法の長い長い詠唱を始めること。
私のこれまでの思い出とはあの村で一緒に遊んでいた彼が名実ともに勇者になっていくまでの軌跡。異国の女王様に見惚れていた彼を杖で小突いたことや、立ち寄った街で小さなこどもたちと遊んであげている彼を見つめていたこと、魔物の襲来から間一髪で護ってくれた彼の後ろ姿をたくましく思ったこと。好きだった彼をもっと好きになっていった思い出が現れては消えていく。ただの村娘だった私が仲間の言葉を借りれば“並び立つ者のいない大魔法使い”になれたのはあなたがそばにいてくれたから。
仲間たちが立ち上がり、魔王に驚愕と恐れの表情が浮かぶのを溢れかえる涙と急激な眠気のせいで見届けることはできなかった。地面に倒れ込む間際に呟いた告白は誰にも聞かれなかったはずだけど、誰かに受け止められる感触が意識の遠のく私の最後の記憶となった。

6/21/2024, 6:05:38 AM