わをん

Open App
6/9/2024, 2:55:38 AM

『岐路』

生まれた時から一緒の双子の兄。何をするにもどこに行くにも一緒だったので、同じ学校に進学するのも同じ部活に入るのも自然なことだった。
練習前のストレッチを二人一組でしているときにふと気付く。こうやって背中を押すのも押してもらうのも今年の秋が過ぎれば終わってしまう。年が明けて春になれば、卒業した後それぞれの進路によっては二人一組だったものは少しずつ分かたれていくのかもしれない。
「やだな」
「えっ、何が」
「なんでもない。……交代して」
「あっ、はい」
ストレッチが終わってからも兄はこちらを気にしていた。
部活が終わって一緒に帰る道すがら、兄が口を開く。
「今日言ってたやだな、って今の話?これからの話?」
考え方の癖を知られているせいで自分が何に悩んでいるかを概ね感づかれているようだった。
「……これからの話」
「じゃあ、今考えなくてもよくない?」
「そうなんだけど」
俯いて歩みが止まる。自分は兄から離れることにとても抵抗があるのだと自覚した。
「でもさ、今はそうなってないんでしょ」
「うん」
「これからに向かう途中に変わっていくかもしれないじゃん」
「そう、かな」
「そうだよ」
悩みの中身を知らない兄がぽんと肩を叩いて笑う。いずれ訪れる岐路が遠ざかるわけでもないのに、それで前を向けてしまえる。
「帰ろう。腹減ってしょうがない」
兄が先を歩きはじめるので、止まっていた足が歩きだしてふたりが並ぶ。悩みは解決してはいないけれど、そんなに深刻に悩むことではないのかもしれないと思い直せるようになっていた。
「なんかよそんちからカレーの匂いめっちゃする」
「いいな。うちも今晩カレーだったりしないかな」
心なしか足早になった兄に負けじと早く歩いた。

6/8/2024, 2:34:19 AM

『世界の終わりに君と』

君と一緒に終わりを迎えたかったけど、君はもう嫌だと言って僕の前から去ろうとした。どちらかの願いは叶い、どちらかの願いは叶わない。引き留める力のなかった僕は置き去りにされてテレビをじっと見つめていた。ニュースを伝える人がいないから都会の定点カメラが逃げ惑う人たちを映し出している。犯罪が起こっても泣き叫ぶ人が映し出されても誰も止めない。世界が終わることを誰も止められない。
窓の外にはよく晴れた空。僕の心が虚ろなせいで昨日までの美しさは無くすべて灰色に見えていた。僕の何が悪かったのだろう。世界のどこがいけなかったのだろう。何も悪いと思えていないことが悪いのだと君なら言いそうだった。
僕は君のことが好きで、君も僕のことが好きなのだと思っていた。ズレたカメラは空を映して、映されていない世界が悲鳴と共に終わっていく。世界の終わりに君と一緒にいたかった。僕の願いは最後まで叶わなかった。

6/7/2024, 3:20:36 AM

『最悪』

栄えていた街は度重なる空襲で見る影もない焼け野原となった。かつてこの土地に建っていた家を守ることが私の役目と信じていたから、家族を亡くし焦げ付いた柱だけが残ったありさまにどうしていいかわからなくなってしまった。やるべきこともできずに座り込む日々。声を掛ける人もいたが打っても響かない私はいつしか見限られてしまった。
戦争が終わって戦地にいた男たちが国へと帰ってきた。けれど変わらない日々を送っていたある日に足元に影が差す。出征を華々しく見送って以来の弟の姿がそこにあった。今や私の唯一のきょうだいは涙を溢れさせ同じように私も泣いた。
お互いのことを話した一昼夜を経て弟が言う。最悪の状態を想定して、今そうなっていないのであればそれは幸運なことだと。
「僕にとっての最悪は家族みんながいなくなってしまうこと。だから、姉ちゃんが生きてて本当によかった」
私は私の最悪に囚われ過ぎていたのかもしれない。私は幸運であるとわかった今、ようやく立ち上がれる。私と弟は共に歩き始め、焼け野原に生きる人々に混じっていった。

6/6/2024, 3:11:27 AM

『誰にも言えない秘密』

墓場へと 続く旅路はひとりきり 秘したる想い 胸に抱きつ

たばかりを 共に成し遂げたる友は 今や私の手にかからんとす

猛火燃え 形無くしてくずおちる かつての秘密灰の中にぞ

光避け 卑しき好奇の目をつぶし 嘘はまことを庇いせしめん

6/5/2024, 3:22:08 AM

『狭い部屋』(Skyrim)

狭い部屋にあるのは簡素な寝台と下水に続く小さな排水溝に鉄格子の扉。高いところに明かり採りの窓がひとつ。中に囚えられている男は村のこどもを襲い、立ち尽くしていたところを捕縛されたのだという。ここ数日監視を続けているが、大人しく項垂れている目の前の姿からは凶悪な犯罪者というイメージがまったく湧いてこない。時折ぶつぶつと何か言っているときに聞き取れるのは命を奪ったことへの謝罪、そして、誰かへの恨み言だった。なにか事情があるのだろうと思いはしたが、看守は犯罪者に耳を貸してはならないというのが決まり事であり、処遇を決めるのは私たちではない。見て見ぬふりを続け、首長からの指示を待つのみだった。
真夜中に明かり採りの窓から月の光が差している。今夜は満月だった。男は眠りもせずに一心に光を見つめており、その目は爛々と輝いている。ざわざわとした胸騒ぎを覚えるが男は暴れるでもなく空を見つめているだけなのだ。こちらも監視を続けるほかない。外からは獣の遠吠えが聞こえてくる。記憶の隅からウェアウルフの伝承が蘇り、満月の夜に伝説めいた怪物が目を覚ましては人を襲う、などという子供騙しの書物の一文が思い浮かんだ。
その直後、獣のけたたましい咆哮が響き渡った。他の看守たちは顔を見合わせると外へ続く扉へと駆けていったが、その出どころがあの男からであるとは誰も気づいていないようだった。私の視線に気づいた男が光る目をこちらに向けている。その気迫は獣そのものであり、殺意であった。
「近づかないでくれ、頼む」
鉄格子越しに男が呟いた。絞り出すような声に苦悩が満ち満ちていた。

Next