『最悪』
栄えていた街は度重なる空襲で見る影もない焼け野原となった。かつてこの土地に建っていた家を守ることが私の役目と信じていたから、家族を亡くし焦げ付いた柱だけが残ったありさまにどうしていいかわからなくなってしまった。やるべきこともできずに座り込む日々。声を掛ける人もいたが打っても響かない私はいつしか見限られてしまった。
戦争が終わって戦地にいた男たちが国へと帰ってきた。けれど変わらない日々を送っていたある日に足元に影が差す。出征を華々しく見送って以来の弟の姿がそこにあった。今や私の唯一のきょうだいは涙を溢れさせ同じように私も泣いた。
お互いのことを話した一昼夜を経て弟が言う。最悪の状態を想定して、今そうなっていないのであればそれは幸運なことだと。
「僕にとっての最悪は家族みんながいなくなってしまうこと。だから、姉ちゃんが生きてて本当によかった」
私は私の最悪に囚われ過ぎていたのかもしれない。私は幸運であるとわかった今、ようやく立ち上がれる。私と弟は共に歩き始め、焼け野原に生きる人々に混じっていった。
6/7/2024, 3:20:36 AM