わをん

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6/7/2024, 3:20:36 AM

『最悪』

栄えていた街は度重なる空襲で見る影もない焼け野原となった。かつてこの土地に建っていた家を守ることが私の役目と信じていたから、家族を亡くし焦げ付いた柱だけが残ったありさまにどうしていいかわからなくなってしまった。やるべきこともできずに座り込む日々。声を掛ける人もいたが打っても響かない私はいつしか見限られてしまった。
戦争が終わって戦地にいた男たちが国へと帰ってきた。けれど変わらない日々を送っていたある日に足元に影が差す。出征を華々しく見送って以来の弟の姿がそこにあった。今や私の唯一のきょうだいは涙を溢れさせ同じように私も泣いた。
お互いのことを話した一昼夜を経て弟が言う。最悪の状態を想定して、今そうなっていないのであればそれは幸運なことだと。
「僕にとっての最悪は家族みんながいなくなってしまうこと。だから、姉ちゃんが生きてて本当によかった」
私は私の最悪に囚われ過ぎていたのかもしれない。私は幸運であるとわかった今、ようやく立ち上がれる。私と弟は共に歩き始め、焼け野原に生きる人々に混じっていった。

6/6/2024, 3:11:27 AM

『誰にも言えない秘密』

墓場へと 続く旅路はひとりきり 秘したる想い 胸に抱きつ

たばかりを 共に成し遂げたる友は 今や私の手にかからんとす

猛火燃え 形無くしてくずおちる かつての秘密灰の中にぞ

光避け 卑しき好奇の目をつぶし 嘘はまことを庇いせしめん

6/5/2024, 3:22:08 AM

『狭い部屋』(Skyrim)

狭い部屋にあるのは簡素な寝台と下水に続く小さな排水溝に鉄格子の扉。高いところに明かり採りの窓がひとつ。中に囚えられている男は村のこどもを襲い、立ち尽くしていたところを捕縛されたのだという。ここ数日監視を続けているが、大人しく項垂れている目の前の姿からは凶悪な犯罪者というイメージがまったく湧いてこない。時折ぶつぶつと何か言っているときに聞き取れるのは命を奪ったことへの謝罪、そして、誰かへの恨み言だった。なにか事情があるのだろうと思いはしたが、看守は犯罪者に耳を貸してはならないというのが決まり事であり、処遇を決めるのは私たちではない。見て見ぬふりを続け、首長からの指示を待つのみだった。
真夜中に明かり採りの窓から月の光が差している。今夜は満月だった。男は眠りもせずに一心に光を見つめており、その目は爛々と輝いている。ざわざわとした胸騒ぎを覚えるが男は暴れるでもなく空を見つめているだけなのだ。こちらも監視を続けるほかない。外からは獣の遠吠えが聞こえてくる。記憶の隅からウェアウルフの伝承が蘇り、満月の夜に伝説めいた怪物が目を覚ましては人を襲う、などという子供騙しの書物の一文が思い浮かんだ。
その直後、獣のけたたましい咆哮が響き渡った。他の看守たちは顔を見合わせると外へ続く扉へと駆けていったが、その出どころがあの男からであるとは誰も気づいていないようだった。私の視線に気づいた男が光る目をこちらに向けている。その気迫は獣そのものであり、殺意であった。
「近づかないでくれ、頼む」
鉄格子越しに男が呟いた。絞り出すような声に苦悩が満ち満ちていた。

6/4/2024, 4:06:48 AM

『失恋』

恋の始まりはぼんやりとしたものだったけど、恋が終わったときをはっきりと覚えている。心にできた傷を庇わないとまた泣いてしまうから、恋を思い出させるものを身の回りからごっそりと無くしてしまい、ロングヘアが好きだからとがんばって伸ばしてきれいにしていた髪もバッサリと切ってもらった。
美容院から出ると辺りは夕暮れどき。帰り道にふたりでいったことのある喫茶店が目に入る。ここのフレンチトーストが絶品なのだと彼は嬉しそうにしていたけど、甘いものは実はそんなに好きではなかった。ふたりでいったことのあるゲームセンターでぬいぐるみを取ってもらったけど今はもうごみ収集を待つ袋の中。ふたりでいったことのあるコンビニでよく限定スイーツも買って一緒に食べた。それよりは限定ビールのほうが気になっていた。
コンビニに入って出て、その場で缶ビールを開ける。ほろ酔いに思い出をうやむやにしてもらいたかったのに、彼とのどうでもいいような思い出はひとつまたひとつと思い出されて涙が滲む。涙を押さえつけるように残りを一気に飲み干して空き缶はゴミ箱へ。気分は晴れないし、夜を睨みつけても涙は拭いきれなかった。

6/3/2024, 3:12:27 AM

『正直』

自分の気持ちに正直でいられたらどんなに楽なことだろう。授業終わりに二階の教室からグラウンドを眺めていると練習着に着替えた同級生がこちらに気づいて手を振った。振り返して見せると笑顔を一層強くしたあと、視線を外して野球仲間が集まる輪へと駆けていく。そいつに視線を送り続けていると他のやつと仲良くする様子が視界に入ってしまって、窓辺からその場を離れてようやく帰り支度を始める。
運動に向いてないから、他人と仲良くするのが苦手だから、そんな理由で同じ部活にも他の部活にも入らなかった。今さらにどんな形ででも近くにいることを選べばよかったのに、と思うけれど思うだけ。校舎から出てわざわざグラウンドの近くを通って練習風景を眺めていると、ころころと赤い縫い目の白いボールが足元に辿り着き、遅れて野球部らしいデカい声がすいませんと言って駆けてきた。
「あれ、今帰り?さっき見てたよね?」
偶然にもそいつはさっきまで二階から見つめていた同級生。拾ったボールを放って返す。
「うん、見てた。練習がんばって」
「あんがと。気ぃつけて帰りな」
「うん、」
笑顔を見せた同級生がまた視線を外して駆けていく。もっと何か言いたかったのに何も言えなかった。自分の気持ちがわかっているのにこのまま何も言わないでいてもいいのだろうか。
「あの!」
野球部ぐらいデカい声が出て同級生も周りも少し驚いて立ち止まった。立ち止まった彼に駆け寄って、少しだけ正直になってみようと決心した。

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