わをん

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『正直』

自分の気持ちに正直でいられたらどんなに楽なことだろう。授業終わりに二階の教室からグラウンドを眺めていると練習着に着替えた同級生がこちらに気づいて手を振った。振り返して見せると笑顔を一層強くしたあと、視線を外して野球仲間が集まる輪へと駆けていく。そいつに視線を送り続けていると他のやつと仲良くする様子が視界に入ってしまって、窓辺からその場を離れてようやく帰り支度を始める。
運動に向いてないから、他人と仲良くするのが苦手だから、そんな理由で同じ部活にも他の部活にも入らなかった。今さらにどんな形ででも近くにいることを選べばよかったのに、と思うけれど思うだけ。校舎から出てわざわざグラウンドの近くを通って練習風景を眺めていると、ころころと赤い縫い目の白いボールが足元に辿り着き、遅れて野球部らしいデカい声がすいませんと言って駆けてきた。
「あれ、今帰り?さっき見てたよね?」
偶然にもそいつはさっきまで二階から見つめていた同級生。拾ったボールを放って返す。
「うん、見てた。練習がんばって」
「あんがと。気ぃつけて帰りな」
「うん、」
笑顔を見せた同級生がまた視線を外して駆けていく。もっと何か言いたかったのに何も言えなかった。自分の気持ちがわかっているのにこのまま何も言わないでいてもいいのだろうか。
「あの!」
野球部ぐらいデカい声が出て同級生も周りも少し驚いて立ち止まった。立ち止まった彼に駆け寄って、少しだけ正直になってみようと決心した。

6/3/2024, 3:12:27 AM