わをん

Open App
2/24/2024, 12:57:29 AM

『Love you』

職場にやってきた新人さんが外国の人だった。自国民ばかりのチームだったので自分も含めたみんながみんな緊張に震えたが、話をしないことには仕事は始まらない。歳が近いからということで教育係に任命された俺は彼に仕事を教えつつ言葉や文化の違いを感じ取り、それをみんなに共有するという立場になった。
翻訳アプリを交えながらも彼と話をしてみると自分がこれまで出会ったどの人よりも気が合うことがわかってきた。彼のことをもっと知りたくて仕事を抜きにして飲みに行くことも増えてきて、きょうも人で混み合うザ・居酒屋な店にふたりでビールをあおっている。
「缶ビールもおいしいけど、生ビールはやっぱ美味いね」
「それな」
とりあえずビールにとりあえず枝豆。むっしむっしと口に運びながらスラングもスラスラ言えるようになった彼ととりとめもなく話をする。彼がスマートフォンで見せてくるのは故郷に暮らす彼の婚約者の写真。とてもいい笑顔のツーショットは幸せそうだけれど、彼がいつかはこの国を離れるのだとわかって胸が少し痛んだ。少し曇った俺の顔を目聡く見つけてどうしたと聞かれるけれど、どう言い表せばいいのか。
「君がずっと、この国にいればいいのに」
「しばらくはいます。けれど、いつかは帰ります」
「俺は寂しいよ。君がいなくなることを考えただけで」
小さく感嘆の声を上げて彼は胸を押さえる。
「それは、熱烈な告白ですね」
「いや、どうだろう……そうなのかな?」
「私は、そう受け取りました」
人で混み合う居酒屋のカウンターの隣から大げさな音を立てて、彼が俺の頬にキスをする。外国の人はやることがストレートだ。すかさずおしぼりで拭うと彼は爆笑したので俺もつられて笑う。
「これは浮気になるんじゃないの」
「ノー。ノーカンです」
ふたりしてだらしなく笑う。酔いが回っているせいだ。

2/23/2024, 3:34:56 AM

『太陽のような』

言葉にするのも憚られるぐらいに酷く惨たらしい有様だった。焼ける臭いと腐る臭いを嗅ぎながら、足元に斃れる夥しい遺体を踏み抜いて歩いた。あの日のすべての感触と光景が脳におそろしく焼き付いている。空に輝いた閃光がすべてそうさせたのだ。あの光をひとときでも美しいと思ってしまったことは長く私を苦しめた。

2/22/2024, 4:09:54 AM

『0からの』

ラジオからふいに流れてきたピアノの旋律に心奪われて急いでスマートフォンからラジオ局のホームページを検索し、今しがた流れていた曲名を知った。もう一度聞くために動画サイトで知ったばかりの名前を打ち込んで曲を聞き、終わってはもう一度、またもう一度。スマートフォンを触れない職場では脳内で曲が再生され、通勤中に聞くためにワイヤレスイヤホンというものを初めて買った。
何日間も聞いているうちに胸のうちにある想いが湧き上がる。この曲を弾くことができたならどんなに素晴らしいことだろう。けれど音楽経験のまったく無いこの身が新たに物事を覚えられるものだろうか。心配は頭に浮かぶが手元は県内にあるピアノ教室を検索していて、気づけば体験教室の予約完了メールが着信を知らせる。
イヤホンから流れる曲を自分が演奏する姿はまだ想像すらできないが、期待は胸に膨らむ一方だった。

2/21/2024, 4:19:26 AM

『同情』

孤児院に暮らす仲間のひとりが流行り病でこの世を去った。亡くなった子の実の兄は葬式の場では気丈に振る舞っていたが、その晩の夕食に現れず、みなで手分けして探すことになった。
ひとりで弟の後を追ったりしていないだろうかと嫌な胸さわぎを覚えながら心当たりをいくつか探し、どうにか見つけ出した彼は物置の片隅にひとり隠れて泣いていた。こちらに気付いた彼は一度は涙を拭ったが、おれが手を広げてやると飛び込んできていっそう泣いた。
おれは赤ん坊の頃に孤児院の前に捨てられていたので、おれにはきょうだいがいるかいないかもわからない。けれど仲間たちのことをきょうだいのように思って暮らしていたので、彼の悲しみはおれの悲しみだった。励ますようなことを何ひとつ言えないままに悲しくなって、ついには涙がこぼれてくる。
物置にひとりふたりと仲間が集まってくる。みなさめざめと泣いて彼が悲しいことを悲しんで、もう弟が帰ってこないことを悲しく思っていた。

2/20/2024, 4:01:53 AM

『枯葉』

同じ年に生まれたやつらが大勢いて、片や光当たる道を歩いているが自分は暗がりばかりを歩いている。自分の何が悪かったのだろうか。普通がわからないから何もかもがわからない。声をかけてくれた人もいたはずだが、今はまわりに誰もいない。全部自分のせいなのだろうか。そうだとわかってはいるのだが、そうではないと言って欲しかった。
枯葉のような人生だった。北風が強く吹けばあとには何も残らない。最初から何もなかったみたいに。

Next