『プレゼント』
悩みに悩んで選び抜いた商品がネットショップから送られてきた。梱包材と味気ない包装をすべて取っぱらい、百均で買ってきたラッピングペーパーとリボンを従えて気合いを入れる。とはいえ、ラッピングなんて日常的にはあまりやらない作業だ。上手いか下手かで言えば間違いなく下手な部類に入るのだけど、やったほうがかわいいのでやる。久しぶりに会う同級生の友人たちは何を持ってくるのか。いま手元にあるこれは誰の手に渡るのか。楽しい時間を想像して、その通りになるように祈りを込めていく。
『ゆずの香り』
年末が近づいている。仕事が終わらない。年末進行という便利な言葉と今年の仕事は今年のうちになどという誰かの安易な考えで先週の2倍、いや3倍ぐらいに業務が増えているのだ。愚痴を言ってもやることが減るわけでもないので黙々と片付けていると気がつけば広いフロアで照明がついているのは私のシマだけになっていた。残っているのは私と上司だけ。なんでこんなにがんばっているのかとぼうとした気持ちになっていると、上司に呼ばれる。
「君、残業何連目?」
「えっと、先週月曜からずっとです」
「がんばってるねぇ」
「やらないと終わらないので……」
「まぁでも、きょうはもう帰りなさい」
「え、でも」
「いいからいいから」
上司は引き出しをガサゴソと探るとこれあげると言って個包装の入浴剤を差し出した。
「ゆずの、香り」
「きょうはひとっ風呂浴びて暖かくして寝なさい」
「でも私シャワー派なんですけど」
「ええっ?最近の子はそうなのかぁ」
時代だねぇなどと言って額をぺんと叩く様子にふと笑ってしまう。上司がたまに見せるこの仕草がなんとなく好きだった。自分に対しては初めてされた気がする。
「でも、そこまで言うならひとっ風呂、入ってみます」
「うんうん。お風呂と睡眠は大事だよ」
家に帰ってまず浴槽の掃除をしてそれからお湯を貯めた。湯加減がわからず少し熱めになったお湯に個包装をぴりと破いて入浴剤を投入すると、シュワシュワという音とともにお湯は黄色く染まっていき、柑橘系の香りで浴室が満たされていく。浴槽に体を沈めていくとシャワーでは味わえないぬくもりに思わず声が漏れた。
「お風呂、すごいな……」
漂うゆずの香りを胸いっぱいに吸って吐き出す。小さな頃から風呂は面倒くさいものだと思っていた。ひとり暮らしを始めてからは水道代の節約ということにしてシャワーで済ませていたけれど、お風呂派に転向するのはあり寄りのありだと思うぐらいの体験だった。そして言われた通りに湯冷めをしないうちにふとんを敷いて潜り込むといつもはなかなか訪れない眠気にすうと引き込まれる。お風呂派にまた一歩近づいてしまう。
おつかれさまと言って送り出してくれた上司はまだ残っているのだろうか。さすがに帰っただろうか。明日会社でお礼を言わなければ。つらつらとそんなことを思いながら、いつしか眠りに落ちていた。
『大空』
窓辺から見えた半分の月がやけに明るくて隣の家のかわら屋根やうちの車のボンネットや弟の三輪車なんかがつやつやと光っている。電信柱から月影が伸びていたから散歩にでも行きたくなってしまうけれど、お母さんに怒られてしまうしきっと外は寒いだろうから考えるだけにする。
月に透かされたたなびく雲の辺りを飛べたらどんなに楽しいだろう。明るく光る星のひとつやふたつをつまみ食いしたらどんな味がするだろう。こうもりはここのところの寒さで冬眠を始めてしまったから、この夜空はおそらくわたしとフクロウだけのものだ。けれどサンタクロースが来たら道を譲ってあげなければ。ひと晩で世界中のこどもたちにプレゼントを配るのだからそれぐらいは当然のことだ。もしかしたらもしかすると、手伝ってと言われたりするかもしれない。もしそうなったら、空飛ぶそりやトナカイの光る鼻の写真をSNSに上げたらバズったりするだろうか。お手伝いのご褒美にプレゼントをもう一つもらえたりしないだろうか。
「まだ起きてるの?早く寝なさい」
『ベルの音』
教会の鐘が鳴る。誓いの口づけを済ませた新郎新婦はフラワーシャワーを浴びながら集まった親族友人たちにしあわせと喜びを振りまいている。みなきれいに着飾って笑顔ばかりで、まぶしくて近づけない。胸に繰り返し思い出されるのは花嫁となったあの子と小さな頃に交わした約束。日陰者の自分にあの子をしあわせにできるはずがないとわかっているのに、早く立ち去らなければと思うのに、足はその通りには動かなかった。
視線に気づいた花嫁が驚きに満ちた顔をしたあとにブーケを投げ捨てベールを投げ捨て真っ白なドレスを揺らして駆けてくる。早く立ち去ればよかった。
「私を、攫って」
その手を取って、言葉を受けた足はなんの迷いもなく走り出してしまう。
『寂しさ』
触れていた唇を離すとき。抱き合っていた体を離すとき。繋いでいた手を離すとき。あなたとの楽しい時間はたくさんあったのに思い出せるのは寂しさを感じたときばかり。あなたともう会えなくなってから寂しさというものがなにかで埋められるものではなく、心にできた傷のようなものだと思うようになった。私の傷はまだかさぶただ。いつか傷痕に愛おしく触れて笑えるようになる日が来るのだろうか。