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12/12/2023, 10:17:48 AM

心と心の間で、愛してるって意味を、進め自分と言い換えた時、文学が生まれる。
クロールをした時の息継ぎみたいに、肺は空気を欲しがっている。
水の中、泡、推進力。バタ足の、足のつかない深さの二十五メートルプールは、人生に似ている。
早く泳げる人は羨ましい。
バタバタしている、白鳥のような私。
オリンピック選手みたいな、背筋と、大胸筋と、三角筋を持ち合わせた彼。
高みから見下ろす様は、なんて涼しかろ。
飛び込み台から、すらりと音もなく着水する皮膚呼吸の君。
水面に顔を出す。息継ぎをする。
私はいつも、羨ましいって言っているけど、それって君が美しすぎるせいだよ。
そんなこと、口に出したこともないけど!
なぜ、この世界に美しさと醜さがあるか、それは花にも美醜があるように、私たちが誰かに愛でられるために、生まれてきたから。
貴賎があるのは、それがぐずっている子供みたいに、笑い方を知らないから。
そう、富の格差が生まれるのは、それが世界の有り様だから。
でも、だからって、プールの縁を蹴破るぐらい、足で蹴って水の中をゆく事はできる。

12/10/2023, 9:42:44 AM

手を繋いで歩こう。
あなたと私の歩幅は違うけど。
手を繋いで、横断歩道をまたいで、境川をこえて、お惣菜屋の匂いをかぎながら、三輪車のベルの音にややビビり、軽く足音を立てて行こう。
トンネルくぐって歩こう。
君は、私の歩幅の二倍はある大きな靴の紐を結びながら、ため息つきつき進む。
瓦屋根の上の雑草を踏んで、廊下の隅をくだり、縁側から庭に出て、街に繰り出そう。
中華街のあかりに照らされて、君の顔は小籠包みたい。
思わずお腹が減っちゃって、手を伸ばしたら君は抱っこしてくれた。
「そろそろおかんが、ご飯を作って待ってる時間だからね」
って、夕焼け空を見たよ。
動悸がするような、夕焼けの空を、中華街のイルミネーションか、二人の影を紫色に染めていた。

12/8/2023, 10:50:47 AM

「ありがとう、ごめんね」
手のひらに書いた言葉は、風に乗って消えた。
彼女は目が見えない。
悲しい表情を浮かべた彼女は、言葉の消えた先を見た。
それだけではなく、後悔をしていた。
最愛の人に、別れなければならないと伝えた男は、彼女の両手を握りしめると言葉にした。
「君の障害は、喜びに悲しみを見出す。吐いて捨てるほど、悲しみはあるだろう。それを、告白して欲しい」
「愛しているわ、あなた。あなたと話していて、悲しみはなくなった。だから大丈夫」
その愛は永遠に続く。
白髪混じりの彼女のシワの目立つ目尻が、柔らかに気配を感じるのを中年の男は、朗らかに眺めた。
それは、愛の年輪を感じさせた。
緩やかな日々が、薄らいでいくのを、つと感じている。
彼女との別れは、悲しくはなかった。
彼女の中に悲しみはもうなかった。
苦しい時は、彼は彼女の隣にいたが、苦しみを共有出来ていたと思う。
伸ばした手は離れた。そうして、二人は離れ離れになった。
次の苦しみがやってきた時、彼女はまた、どこに行くのだろうか。

12/7/2023, 10:25:12 AM

真っ白な部屋の片隅に犬がいる。
ぷるぷる震えている。
白い毛並みが、振動とともに恐怖に震えている。
時折聞こえる、大砲の音が彼をそうさせるのだ。
ここは、銃後である。
だが、この戦争は長く続いて、両国の市民を辟易させている。
兵役に入る時に猫を連れ込んだ男の話を聞いて、このサモエド犬を持ち込めないかと企てた友人が、結局兵舎には連れ込めない(猫は吠えないが、犬は吠える)のでと、預けて出ていった彼は、部屋の隅から離れようとしない。
たとえば、彼を愛すことはできる。
餌をやったり、撫でてあげたりすることはできる。
だが、彼は戦争の恐怖に怯えている。
寂しさに肩を震わせて明るい顔を見せない彼に、私ほ心配を隠せない。
大砲の音は、私をも不安にさせる。
かかずらっている暇はない。彼は私を必要としていないのだ。
もはや、その問題はこの部屋を揺らす爆発音とともに、白く固まった埃のように部屋の隅に座っている。

12/5/2023, 10:18:48 AM

眠れないほどの高揚感があった。
だけれど、脳みその真ん中はどこか冷静だった。
踊り場で、カナ子が言った。
スカートの裾を丁寧にたたみながら、うつむいて言った。
「ちーちゃん、このままいけば、私たち世界滅ぼしちゃわないかな!?」
それは、破裂をともなう言葉尻だった。
「カナ子。こんな事言うのもなんだけど、それはカナ子がやろうと思えばできるでしょ」
チヒロは、くすぶって答える。
二人だけの秘密は、二年間共有されている。
そしてその秘密とは、チヒロが魔法使いであるという真実である。
このことは誰にも秘密だ。
優柔不断な学校の先生にも、親しくない友達にも、必ず秘密なのだ。
彼女が、世界をも滅ぼせる魔法使いであることを、両親は知っていた。
カナ子の両親は、カナ子をつくるとき、愛し合わないで生まれた。魔法使いとはそういう物だ。
どういうモノを見せあったのかはわからない。
だが、二人は愛し合わなかったということは、特殊な子作りをしたということだ。
永遠に、二人は平行線。
因果律と因果律の絡み合い。
愛ってなんだろうって、カナ子は思っていた。
「多分、モルヒネから生まれたんだよ、私。だから、こんなに刺激のない人生なんだ。どうせなら、自分自身を鈍麻させるんじゃなくて、人の人生を狂わせてみたかった」
と、カナ子は言う。

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