「ありがとう、ごめんね」
手のひらに書いた言葉は、風に乗って消えた。
彼女は目が見えない。
悲しい表情を浮かべた彼女は、言葉の消えた先を見た。
それだけではなく、後悔をしていた。
最愛の人に、別れなければならないと伝えた男は、彼女の両手を握りしめると言葉にした。
「君の障害は、喜びに悲しみを見出す。吐いて捨てるほど、悲しみはあるだろう。それを、告白して欲しい」
「愛しているわ、あなた。あなたと話していて、悲しみはなくなった。だから大丈夫」
その愛は永遠に続く。
白髪混じりの彼女のシワの目立つ目尻が、柔らかに気配を感じるのを中年の男は、朗らかに眺めた。
それは、愛の年輪を感じさせた。
緩やかな日々が、薄らいでいくのを、つと感じている。
彼女との別れは、悲しくはなかった。
彼女の中に悲しみはもうなかった。
苦しい時は、彼は彼女の隣にいたが、苦しみを共有出来ていたと思う。
伸ばした手は離れた。そうして、二人は離れ離れになった。
次の苦しみがやってきた時、彼女はまた、どこに行くのだろうか。
12/8/2023, 10:50:47 AM