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9/16/2023, 10:29:02 AM

空が泣く。
愛する者と、引き裂かれた者の、哀悼に空が包まれる。
ジェットエンジンのつんざくような音。
「着陸許可を要請する」
両翼は風を切り、雲を孕んで滑走路に着陸する。
激しい衝撃に、揺れるバランスとともに、長い滑走を終えたあとの、レッドインパルスは、横須賀基地の赤い空に燃えていた。
日本経済が回らなくなって、五年がたった。
国庫は負債を抱え、アメリカや国連の支援に頼らざるを得なくなった。
日本は名前を変えるという話もあったが、革命という話も上がらず、総理大臣がエチオピアに飛んだだけで、この件は丁寧に折りたたまれた折り鶴のように、終局を迎えた。
様々な抵抗活動があった。
半島や、大陸はこぞって、日本を取り込みたかったが、結局は巨大な大国アメリカの庇護に下ることとなった。
それですら、やはり国民からは、非難の声があがった。

今日、僕は暁の空を見ている。
戦争が起こり始めようとしている。
2020年代から続いていた、ロシアとウクライナの戦争は、結局のところ、終わりを見せず、日本の崩壊から、共産主義国家の侵攻を恐れたアメリカは、核兵器のスイッチを押した。
嘉手納基地から、台湾に向けて、最新鋭のロケット兵器が発射される。
それは、テレビでも、放送された。
僕は、ラーメン屋のテレビでそれを見ていたよ。
一体、何年の事だっただろうか。
日本で核の炎が上がったのは、既に四度目の事実で、こんなにも戦争が嫌いなのに、この兵器と由縁がある国も、そうそうないだろう。
それが悔しくて僕は泣いた。

9/14/2023, 10:36:18 AM

エリカは、死角から矢を放った。敵の胸元に突き刺さる矢には、毒が仕込んであった。
その毒を精製したのは、エリカであり、何度となく人に試した毒であった。
それは、即効性の毒ではなかった。
なぜなら、遺体の証拠が、彼女のクライアントに必要だからだった。
二三言、聞きたいこともあった。
死人は、ほぼ言葉を話さないと言っていい。
だが、その身体は雄弁にものを言う。
だから、それを隠すために、エリカは丁寧に死を吟味する。
エリカの命は、もとよりクライアントの物であると言っても良かった。
ただ、生まれてからこの方、殺戮という名の元に身を置いているエリカにとって、愛情とは、安心して身を預けられる存在。それ以上でもなく、それ以下でもない。
「その命、尽きるまで、私に仕えると誓うか……?」
その言葉を、聞いたのは一度きりであった。
ただ、ひたすら生きている、エリカに出来ることは、忠誠を誓う事に他ならない。
人は信じられなかった。
当たり前だ、だって、人の死といつも隣り合わせにあったから。
人がいかに、無惨な生き物か、エリカは知っていた。
弓に矢をつがえるとき、もう意識は、一キロ先の彼方まであった。
それほど、彼女の弓の精度は、卓越していた。
弓と共にいつもその身は、あるのだから。
悲しくならない日はなかった。
辛く苦しい日が、ないはずがなかった。
彼女に人の情というものがなかったら、どんなによかっただろう。
痩せこけた少女が、いつも街路を通る時、物乞いにやって来る。
そういう時彼女は、決まって腹に巻いた干し肉をちぎって分けてやった。

9/13/2023, 10:18:00 AM

黎明を、白鴉が飛んでいく。
島々を渡り、北欧の半島につくと、海を見渡した。
黒々とした海は、岩礁にざぶんざぶんと玉のような
波が飛ばす。
どこまでも、続く広い海。
そして、ケルトの神話の、太陽を背負った十字架は、生い茂った岸壁の上の墓地に、白い百合の花を添えていた。
生い茂った野薔薇は、茨と絡み合い、峠の魔女は酷く咳をした。
この墓地は、かつては双璧と呼ばれた、友人のものである。
私ももう年老いた。
後は死ぬのを待つだけだ。
最近の占いは、ほぼ自分のことを占うことはない。
もう、分かっているから。
魔女の死生観は、複雑であった。魂は、死の山へたどり着くが、永遠にその場に留まるわけではない。
魂を運ぶのは、悪魔であるとも言われているが、きっと彼女はそうではないと感じていた。
野に咲く花が、空を飛ぶ白鴉が、母なる海が、彼女の魂を荒野に解き放つであろう。
風は種を運び、人々を巡り巡って癒す。
そうして、雨になりまた飲水となって人の一部になるのだと。

9/11/2023, 11:05:45 AM

カレンダーの三十日を見ると、丸が書いてある。
その下に、誕生日。と、花丸が添えてある。
「ぐふふ……」
私は笑った。
何を隠そう、十月三十日は、私の六歳の誕生日なのである。
今思えば、数々の思い出が蘇るのである。
例えば、隆之くん家の、犬のシロに乗っかって(シロは大型犬だ。種類はセントバーナードとという。私はなんでも知っている)隆之くんの、お城のようなお家を、歩いて回ったことや、家族での五歳の誕生日パーティに、焼肉をしたこと。(私はタンが好きだ)
それからそれから、数え切れないくらいの、お父さんとお母さんへの感謝をここで、述べることにしよう。
お父さんへ、いつも足が臭いですが、会社員を頑張ってくれてありがとう。
お母さんへ、共働きは大変ですが、幼稚園の送り迎えを今までありがとうございました。
もう、自転車にも乗れます。
補助輪付きですが、どこまでも行ける気分です。
大人になったら、旅がしたいです。
言葉もいっぱい覚えたいです。
夢が叶いますように。

9/9/2023, 10:25:53 AM

世界に一つだけの、足があった。
もちろん、世間には二対の足を持つ生き物が多く存在することから、その生き物は、和名・カタアシイモツブシと名付けられた。
見つかった個体は、その一頭だけであった。
カタアシイモツブシの生態は以下の通りである。
イモツブシの名の通り、地に根を張った球根類や、芋類を主食とする。マレーシア南部の密林に生息。
頭部は非常にデカく、足と比べてバランスが悪いのが特徴。
芋を潰す際は、ガンガンと頭をぶつけるように、要はキツツキの如く、頭を前後にスライドさせ穴を掘る。
全長二メートル。体毛は白。それだけ見るなら、大変美しい。
繁殖をどのように行うかは未だ謎であるが、現地の老人からは、数点の目撃例が上がっており、複数の個体が、存在する。または、していたと考えられる。
マレーシアの伝承には、カタアシイモツブシが、赤子を盗んだとの言い伝えが残っていることから、マレー語では、『子供攫い』の異名で知られる。
カタアシイモツブシは、哺乳類であるが、その生態の多くは謎に包まれている。

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