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8/27/2023, 10:12:31 AM

雨に佇む、その煙草屋の前。
一人の男が、座ってタバコを吸っていた。
僕は、傘をたたみながら、
(何だこの男は……)
と思った。
煙草を買うために立ち寄った店であるが、軒下に喫煙所が併設されていて、雨が降り込まないようになっている。
悠長なことを言うと、正直目も合わせたくなかったし、話しかけられたくもなかった。
「おい」
なんだよ。おい、って。見ず知らずの人に話しかけるような言葉か?
男は、上はネルのシャツを着ており、下は長いパンツ姿で、見るからに世捨て人といったなりをしていた。
「お兄さん、何吸うの?」
「キャスターっス」
「最近の若いのは、弱いの吸うね」
と、男は紫煙をくゆらせている。
何の益体もない会話だ。と思った。
僕は、これから、ショッピングモールで、買い物をしなくてはならないのに。
「そう」
と、何ともなしに呟く男。
「時代も変わった」
そうして男は去っていった。
煙の匂いは、タールとニコチンの重い洋酒かかった臭い味がした。

8/26/2023, 10:14:09 AM

二月十五日晴れ
今日も、容態は芳しくない。
ただ、蜜柑を隣の澄川さんがくれたので、夫が剥いてくれた。とても美味しかった。
それと、点滴のチューブを、何度も外れるので、看護師の原田さんには、難儀をさせたと思う。

朝のご飯
お粥におかか梅干し

昼のご飯
アジのフライにかぼちゃの煮付け

夕のご飯
レンコンのきんぴらに聖護院大根のスープ


二月十六日曇り
会話に喉が詰まるのを、優しく待ってくれる孫は優しい。
今日は、漁に出ないのかと聞くと、波浪警報が出ているので出られないと言うので、明日の天気を思う。
波浪警報を何度も聞き返す。
鯛をまるっとくれたので、ヘルパーさんが、鯛の煮付けにするという。
楽しみである。

朝のご飯
お粥に大根漬け

昼のご飯
鯛のあら汁にからし菜の煮物
食後のプリンがおいしかった。

夕のご飯
鯛の煮付けに芋の煮っころがし

8/25/2023, 10:10:29 AM

向かいあわせの席で、僕は君を見つめている。
君が飲んでいるのは、グレープフルーツジュース。
僕は、ラズベリーのサイダーを。
今日に限っては、君に合わせるつもりで来た。
なぜかっていうと、僕は君に言いたいことがあったからである。
「ねえ、君。やっぱり、僕たちは別れるべきだと思う。だから……」
彼女が泣き始めると、僕はやはり口をつぐむしかなかった。
彼女は涙をだらだら流しながら言った。
「ごめんなさい……」
「いやいいんだ。僕が言い出したことだから」
なぜ、君に合わせているか。それはこうなることが、分かっていたからだ。
君が泣くのは、僕のせい。
そして、それにもう、未練はなかった。
彼女はこう言うかもしれなかった。
「もう少しだけ一緒にいて」
でも、それは、僕の幼稚な願望で、彼女は固く口を結んで、それ以降、なにも話すことはなかった。
「それじゃ」
と、席を立つ。
「待って」
「なに?」
「あなたとは、もう二度と合わない」
そう、って僕は返したよ。
メガネの端に映る彼女は、やっぱり頑なで、それが五年の重みだと、思ったんだ。

8/24/2023, 10:46:47 AM

やるせない気持ちは、いつも悲しみをともなっている。
あの子の苦しみは私の苦しみではないのに。
同情はいらない。
と、あの子はいう。
でも、辛そうですよ。と私は考える。
天上から、降りてくる蜘蛛の糸みたいに、救われたい人々がいて、グレートヒェンの祈りは遠く、すでにここにはない。
振り返ると、いなくなってしまった、人々の影が見える。
彼らは彼らなりに頑張っているのだから、あなたは自分のことをしなさいね、と母の声が言う。
無数の光の中で、出会っていく人達は、皆覗き絵の、押絵の如くある。
人は紡ぐ。ここにいるのだから、頑張って生きなさいと。
聞こえてくる、人々の声は、無数に反響して、私を形作っている。
永遠に語り繋がれていく物語。
その産声に耳を傾けながら。

8/23/2023, 10:15:46 AM

海の彼方に、まだ見ぬ島があるのなら、行ってみたい。
海より深きもの。
海より恐ろしいものはない。
嵐の日に。
凪いだ風の日に。
航海の日に。
私は毎日、航海日誌をつけている。
航海長、それが私の肩書きだ。
海より深淵を隠したものは地球上に存在しないと、私は考えている。
「皆の者! 帆を張れ! 風をきって大海原を行こう!」
「航海長のお達しだ! 全速前進!」
と、船長のエスメラルダ・ドルカスは言う。
彼女は、このエーゲ海きっての大海賊で、海賊旗はエメラルド色に、ラムの樽、刃。
風をいっぱいに受け、旗は揺れる。
そうして、大海原に波跡をつけながら、進んでいく帆船。
風は吹いている。
私たちを祝福する風が。
船頭につけられた、アテネの神様が、海図と共に行く先を示す。
行く先は、黄金の国ジャパン。
船は、大量のラム酒を詰め込み、さあ出発だ! と息をあげる船長は、長い旅の始まりに、歌を歌った。

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