NoName

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向かいあわせの席で、僕は君を見つめている。
君が飲んでいるのは、グレープフルーツジュース。
僕は、ラズベリーのサイダーを。
今日に限っては、君に合わせるつもりで来た。
なぜかっていうと、僕は君に言いたいことがあったからである。
「ねえ、君。やっぱり、僕たちは別れるべきだと思う。だから……」
彼女が泣き始めると、僕はやはり口をつぐむしかなかった。
彼女は涙をだらだら流しながら言った。
「ごめんなさい……」
「いやいいんだ。僕が言い出したことだから」
なぜ、君に合わせているか。それはこうなることが、分かっていたからだ。
君が泣くのは、僕のせい。
そして、それにもう、未練はなかった。
彼女はこう言うかもしれなかった。
「もう少しだけ一緒にいて」
でも、それは、僕の幼稚な願望で、彼女は固く口を結んで、それ以降、なにも話すことはなかった。
「それじゃ」
と、席を立つ。
「待って」
「なに?」
「あなたとは、もう二度と合わない」
そう、って僕は返したよ。
メガネの端に映る彼女は、やっぱり頑なで、それが五年の重みだと、思ったんだ。

8/25/2023, 10:10:29 AM