NoName

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8/22/2023, 11:16:25 AM

逆さまになった世界。
私は、その緑色に発光する、電球のような不安に手を伸ばす。
中は、水が入っていて、宝石がひとつ沈んでいた。
戸棚から、紙を取り出すと、それに書き付けた。
その不思議を。

ひとつ。
世界は、コバルトでできていて、その水溶液に満たされている。

ふたつ。
上下は決められていて、つるりと円錐状の尖ったほうが上だ。

みっつ。
上下を逆さまにすると、中の宝石が反応する。
攪拌による、魔法式の反応のせいだろうか?

実はこれは、祖母の遺灰で出来ている。
そう、大魔女だった、かつての祖母の、唯一の形見である。
世界とは、マクロコスモスとミクロコスモスを内包する、魔法具のことを指す。
この世界が出来たのは、祖母が死んだ、三日前のこと。
この研究室には、様々な魔法使いが作り出した、『世界』が、多く吊り下げられている。

8/18/2023, 10:12:27 AM

鏡よ、鏡よ、鏡さん。
貴方の映し出すものは、いつも真実です。
貴方の手のひらの上には、全てさらけ出されています。
真実から、目を逸らすことは、心良いことですが、お姫様は、目をそらすことはできません。
鏡さん、私は、本当にあなたの映し出すもの全てに、心を惑わされてきました。
その、真実は私を時に震わせ、轟かせ、恐怖の縁に追いやりました。
死んだはずの継母の姿、私を掴む父の悪逆、そうして皆の囁き声をです。
悲しみの声も、時に聞きました。
王子様の泣き叫ぶ声をです。
ですが、彼と私は永遠に出会うことはありませんでした。
それは、この城門の扉が、証明しています。
私の閉じ込められたこの、牢獄のような城は、彼を決して招き入れることはなかった。
そうして、私には、もうすぐ死が訪れようとしています。
鏡さん。あなたは、その真実をも、私に映し出してくれました。
死にたくない。死にたくない。
そう思って、何度手を叩きつけたことでしょう。
ですが、もう、定まった真実を書き換えることは出来ません。
欲を言うのならもっと、美しく生まれたかった……。

8/17/2023, 10:08:27 AM

机の下にいる、犬。
かわいくてかわいくて、たまらない。
まず、お尻。
コッペパン色の彼のお尻は、超プリティー。
胴は長く、ウナギイヌに近い。
足は短足。
たまにペロペロと舐めてくれる。
あくびする姿もまた愛らしい。
彼を手放せと言われても、百万円積まれても手放せない。
そういうものって、たまにないかな。
私にはある。
例えば、創作活動。
例えば、誰かからの評価。
例えば、愛する人からの手紙。
世界は相剋で出来ていて、陰と陽、百万円積まれて愛を手放す人もいる。
手放すのは楽では無い。
全て、紐が繋がっているのだから。
人生は、椅子取りゲームに似ている。
一人取り落とすと、人は消える。

8/16/2023, 10:22:22 AM

「君と話していると、誇らしさを感じるよ。むしろそれを通り越して、哀れみすら感じさせるほど、君は尊いね」
「う、うぅぅう……」
そう言われて、私の胸は高鳴った。
本当にこの人は、女たらしである。
無情に恋しい。そして、哀しいのは、彼の目が生焼けの秋刀魚みたいに、どろんとしていたこと。
要するに酔っていた。
酔っていなければこんな言葉、聞き出せようはずがなかった。
どうせ、別の女と勘違いしているのだろう。
それが、腹立たしくならないのが、無性におかしかった。
ほとんど、食は取らない質である。たまに、お刺身など、食べるのが楽しい。
お酒は、飲まないが、飲めば楽しい。
今日も、ミョウガの味噌漬けに、日本酒を冷やで、飲んでいる。
ぐでんぐでんに酔って、絡まれるのが楽しい。
シラフではやっていけないような、刹那さがある。
これはこれで、良くも悪くもない。
ただ、放蕩の限りを尽くした、一晩の酒盛り。
明日もあればいいとは思わない。
「なんで、否定するの?」
と、やんわりと言われた。
「それは……」
返そうと思ったが、女中さんが来て、膳を持ってきた。
酒盛りは続く。
多分、フォアグラみたいになるくらい、詰め込まれて、そして多分吐くだろう。

8/15/2023, 12:38:53 PM

暁の海で、一人の女が寝そべっていた。
深海魚のような、白い瞳をしていた。
長いまつ毛が、その白い目を、優しく太陽の光から、包み守っていた。
白魚のような、透明な肌が、汗ばんでいるのがわかった。
それに、私はシーツを一枚かけてやった。
そうすると女は
「ありがとう」
と、消え入るような声で言う。
海の底から上がってきた泡のような声である。
紛うことなき、人魚のようである。
「海に戻るの?」
「戻りはしません。ずっと、この浜辺に横たわっています」
ただ、それが、永遠に続く儚くないものと知って、私は嬉しくなった。
このまま、女を眺めやって、永遠に見ているのもいいか、と思った。
そうすると、女は、口をすぼめて、こう囁くのだ。
「泡沫に消えるのは、もう飽きました。あなたが人間になった、私を見た時、本当に幸いだと思ったのです」

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