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7/16/2023, 10:20:47 AM

空の果てに行ってみたい。
私は真赤な太陽の昇る、空を見上げた。
一面の砂漠、砂の一粒は、灼熱の太陽に熱せられ、舞い上がる砂嵐は、砂丘の一部分を覆い潰している。
一足進む事に、サンダルに砂が入る。
キャラバンの人々の出で立ちは様々で、トーブ姿の男性や、クンマを頭に乗せた者もいる。
女性はわずかで、大抵は皆、体をすっぽり覆う布で隠している。
師匠と二人旅をしている私は、師匠に言われて、湖から水を汲んだ。
キャラバンが足止めたのは、このオアシスのためだ。
水を汲んだあど、私は出来るだけラクダに水を飲ませた。
本来ならば、砂漠の旅は、日中はこうやって、日陰で休みながら、歩みを進めることが多い。
木陰で、行商人と取引をする師匠は、多分また、コイン一枚に、一喜一憂しながら、北から持ち込んだ交易品を金に変える。
宝石や、双眼鏡、緻密な工芸品、ラクダに乗せた私の作った物品が売られる時、やはり私は、師匠に着いてきて良かったと感じる。
私に技術を教えてくれたのは彼だ。
師匠は、浅黒い手で、数字を示しながら、どうやら取引の見積もりをしているようだった。

7/15/2023, 10:18:07 AM

結婚間近の、ある雨の日のことだった。
雨は朝から降り続いていた。
時折雷鳴の響く、王宮の庭園、エルザ・キアナは、その金髪の髪の毛を雨に濡らしていた。
金糸の刺繍を凝らした、赤いシルクの、胸元の空いたドレスが、雨に濡れて重かった。
「エルザお嬢様!お風邪を引かれます……」
傘をさしてやって来たのは、乳母である人だ。
壮年の女性であるが、まだハリのある肌をしている。古くからキアナ家に仕えている、育ての親である。
エルザは、乳母の差し出した傘を取った。
黒いレースの飾りの着いた、豪奢なお気に入りの傘だった。
たが、それも慰みにすらならないのだと、エルザはそれが、悲しくて仕方がない。
冷たい手だった。
あの人の手であれば、どんなによかろうと、エルザは思った。
薔薇の咲く庭園で、いくつかの花は、この長雨に腐って、色を枯れていた。
誰も、助けてくれないのね。
しとしとと、エルザは、瞳から雫が滴るのがわかった。
ロンド・バルド・デ・ネッロ大公は、彼女の形式上の婚約者だった。
この国には珍しい、ブルネットの黒いオリーブのような艶やかな髪、鼻筋の通った切れ長の憂いを帯びた顔。
多大な魔力量を誇るという、飛び切りの魔術師でもある。
そんな彼が、結婚間近に語った台詞は彼女を呆然とさせた。
「婚約を破棄したい。これで、終わりにしよう。エルザ」

7/14/2023, 10:20:00 AM

あなたの手、とっても暖かい。
手と手を取り合って、ビルの屋上から足を投げ出すと、地上までは、ひとっ飛びだった。
私の脚を、彼が抱える。
強靭な脚力だ。ビルから飛び降りた少しのダメージもなく、地を捉えていた。
すとん、と空気の壁が緩衝するかのように、アスファルトの通りに降り立つと、彼は声をふるわせて言った。
「もう出来ないのか……」
彼が言いたい事の一部は理解したつもりだった。
「もう、君を抱えて宙を飛ぶこともできないのか」
あの日の再現は、ここにある。
そう、そうかと、彼は呟いた。
多分、恐れることをしない彼が、一番恐れていることが、私に忘れ去られることだと。
私は声を荒げた。
「私が、忘れるとでも思って?」
「だが……」
彼の手は冷たく、汗ばんでいた。
多分、死ぬまで一緒にいるのだと、心に決めた彼は、やはり、暗く俯いた顔で、私の顔を見なかった。

7/13/2023, 10:09:16 AM

僕は君に、劣等感をいだいている。
その美しさに、その生き方の清廉さに。
それに比べて僕の、惨めさといったら。
例えば、声ひとつとってもそうで、彼の紅顔さといったらない。
なんていうか、そこに世界があるっていう感じなんだ。
わからないかもしれないけど、才能のありやなしやって、そういう所なのかな。

***


僕は貴方に優越感を抱いている。
とくに、その、泣きつきたくなるような目が、少し愛情をそそるだろう?
でも、君の心の綺麗さは、多分監督も知っている通りで、それだから、僕は君を放置してるんだ。
性格悪いかな、わかってるよ。
でも、それは仕事であって、僕の輝くような顔を、放置している君も、君で何か言いたそうじゃないか。
僕を讃えばいいんだよ。

7/12/2023, 10:25:30 AM

これまでずっと、秘密にしていたことがある。
君には、今まで隠していた。
この家の財産を……。
デナール公爵家の、総財産は多岐にわたる。
まず、行船に使われる帆船が一隻。
それから、山の権利書が一枚。
別邸のコテージが二つ。
それから、財産と言われるものがもうひとつある。
一番高価な物、ダイヤを中央につけた冠。
十三カラットの、金剛石。
これは、女王様から遣わされた恩賜の玉石で、我が家の本邸が一つ買えるぐらいの、高価なものだ。
……それを、全て君に譲りたいのだ。サヴァージュ。
私は、今まで貧民をしていた、農家の子であった。
ある日この人が現れて言った。
「私の相続権は君にある」と。
一夜にして大金持ちになった私は、一人の男に恋をした。
それはまた、別の話。

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