NoName

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あなたの手、とっても暖かい。
手と手を取り合って、ビルの屋上から足を投げ出すと、地上までは、ひとっ飛びだった。
私の脚を、彼が抱える。
強靭な脚力だ。ビルから飛び降りた少しのダメージもなく、地を捉えていた。
すとん、と空気の壁が緩衝するかのように、アスファルトの通りに降り立つと、彼は声をふるわせて言った。
「もう出来ないのか……」
彼が言いたい事の一部は理解したつもりだった。
「もう、君を抱えて宙を飛ぶこともできないのか」
あの日の再現は、ここにある。
そう、そうかと、彼は呟いた。
多分、恐れることをしない彼が、一番恐れていることが、私に忘れ去られることだと。
私は声を荒げた。
「私が、忘れるとでも思って?」
「だが……」
彼の手は冷たく、汗ばんでいた。
多分、死ぬまで一緒にいるのだと、心に決めた彼は、やはり、暗く俯いた顔で、私の顔を見なかった。

7/14/2023, 10:20:00 AM