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7/11/2023, 10:09:45 AM

『私は好きだけど。あなたは、私の事見てないよね』
既読
17:15

大学の知り合いから告白された。
ゼミが一緒で、背が高く、猫背で、細長い鼻の上に眼鏡をかけている。
あなたが知っているのは、本当の私じゃないの。
そういうつもりで、送ったLINEだった。
ただ、私が毎日笑ってるのは、あなたのためじゃないのに。
私が毎日笑ってるのは、自分が幸せである、幸せが嬉しいから。
あなたは、私のことを見ていない。
それが、どれ程難しいことであっても、恋をするぐらい好きなら、本当の私を知ってよ。
って、高慢かな。

7/10/2023, 10:17:01 AM

目が覚めると、そこは1Kのボロアパートであった。
最初、私は何が起こったのか、頭が追いつかなかった。
私が寝ていたのは、妻と子の横であって、こんな貧乏フリーター時代の、アパートではないはずだったのだ。
今では私は、今の会社の重役であって、ローンだが家も持っているし、車だってレクサスだ。
だからって、こんな悪夢みたいな出来事が、起こるはずないだろうって、そう思った瞬間、私は理解した。
私は実はしがないフリーターで、妻も子もいない。貰える月給で、家が買えるはずがない。
なぜか理解出来たんだ。これは、カフカの『芋虫』ってことに。
気がついたら、ぼーっとしたまま、アパートの近くのコンビニで、ハンバーグ弁当と缶ビールを買っていた。
夜の武蔵野は、バイクの音がうるさい。
ボロアパートの2階、203号室(角部屋)。
プシュ、ゴクゴクゴク。
「ああ、ビールが美味い……」
これだけは、重役であろうと、フリーターであろうと、なにも変わらない味である。
俺はこれからどうあろうと、生きていく決心を固めた。(我ながら偉い)

7/9/2023, 10:39:17 AM

「私の当たり前は、あなたの当たり前じゃないでしょう? だって、こんなにも思い違いが多いんだから!」
お姫様は言う。
対して、王子様は思う。
(君を愛しているにも関わらず、君を愛するということはどうしてこんなにも困難な事か)
金色の髪に、翠石の瞳。絶世の美貌。
お姫様、アンネローゼの口の利き方は、まるで王子様に八つ当たりするようだった。彼女は、巻き毛を豊かに蓄えた髪を、少し怒りを込めてかきあげた。
話し相手の王子様、ローレンスはそれよりも、まだ白いプラチナブロンドの髪色である。
品行方正で、頼り甲斐があり、人に気を使え、だが、どこか気弱な所がある、王位継承権三位の第三王子。
しかし最近、彼はしたたか彼女に着いていけないと、思い始めている。
それは、アンネローゼがバッドステータス《不運》を生まれつき、スキルとして獲得していたからである。
この不運は、周りに及ぶ不運だ。もちろん彼女にも、及ぶ場合もあるが……。
彼女に毒を盛れば、他のものに当たり、彼女を不幸に陥れようと画作すれば、なぜが別のものが不運になる。
本人は、悪びれる様子は無い。
(しかし、私にだけは、その不運が届かないのだ……)
「ローレンス、とりあえず、キスしてちょうだい」
こうして、恋のやり取りをすると、彼女曰く、不運が遠ざかるのだという。
「はい」
(正直、嫁怖さにうなだれるしかない私……)

7/8/2023, 10:18:16 AM

ガス燈の明かりに照らされて、宵闇の街は、ほの暗く、光の乱反射する石畳も、雨に濡れて、アカシアの街路樹が風に揺れていた。
カタリナは、急ぎ足で、大通りの横断歩道を渡った。信号機がカンカンと音を立てていたが、赤に変わる直前で、突っ込んできた車を、渡る人並みは物ともせず、クラクションの音が鳴り響くいつもの香港である。
タクシー乗り場で、タクシーを止めると、カバンをトランクに入れるのにチップを要求されたので、10香港ドルほど払って、カタリナは、シートで息をついた。
この前の商取引は、上々とはいえなかった。トレードは、失敗だった。
香港人は金にうるさい。それが全てだと思っている。
それが、カタリナには、最近覚えてきた広東語の語感と、英語の訛りが、故郷の訛りと一緒になって、切り替えることの難しいパズルの様に、胸に響くのだった。
過ぎ去っていくことに、思いを馳せることは難しい。それは、この香港の雰囲気がそうさせるのか、西と東の混居した、立ちくらみのするような、後ろに過ぎ去っていく街並みが、その不安を倍増させたるのか。

7/7/2023, 10:21:05 AM

「七夕、今年も雨でしたね」
と、隣の彼女が言う。
「そうですね」
と、僕。
天上に昇る天の川にかかる、アルタイルとベガを結ぶ線は、多分、故郷の石垣島でないと、晴天のうちに見ることは叶わないだろう。
沖縄では、もう梅雨明けだ。
九州の空は暗い。
今日も、フライトは雷雲の中を、ガタガタと揺れながら、彼女のアナウンスを聞いて、雲を突っきるような、航行だった。
彼女は、それを、知ってか知らずか、
「今日、笹に沖縄に行けますようにって、書いたんです」
「いけるでしょ。あの、僕の故郷、石垣島なんだけど……」
「知ってます、よ」
彼女は、どこか、苦笑したように笑う。
「ねぇ、副機長。明日は、沖縄便飛ぶといいですね。沖縄だと、空も綺麗でしょうから」
暗い夜の中で、僕たちだけが、息をしている。
海に潜る時みたいな、息苦しさと、透明度を保って、僕たちの距離感がある。
二人の、くっつくかくっつかないかの距離は、多分、僕と隣に座った機長よりは、遠い。
織姫と彦星みたいになりたい?
いや、いや。
そんな、甘さを帯びた、開いた貝みたいな、恋愛未満の境界線。

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