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7/22/2024, 11:41:54 AM

『もしもタイムマシンがあったなら』



昨日、父がよく見るテレビ番組で、もしもタイムマシンがあったらどこに行く?なんて話題が挙げられていた。父は、夕飯の残りの唐揚げを酒のツマミにしながらその番組を見て、つまんない話だななんてテレビに向かって文句を垂れていた。
私にとっては結構好きなタイプの話題だったため、いつもは見ないその番組に、私は釘付けだった。

「ねぇ、タイムマシンがあったらどこに行きたい?」
朝、いつものように雅と2人で登校していたとき、ふと気になって尋ねてみた。雅は突然何よとでも言いたそうな顔で笑って、考える素振りを見せた。そんな雅の返事を待ちながら、私も考えてみて。
私は江戸時代だとか旧石器時代だとか、歴史を感じる時代に行きたい。歴史が大好きな私の脳みそに詰まった知識を使って、争いや革命の展開を変えてみたい。勿論そんな上手く行くはずもなければ、タイムマシンなんて存在しないのだから、あくまでも”もしも”の話だ。
「1年後かな」
そんなことを考えていると、考えがまとまったらしい雅がそう呟いた。
「1年後?どうして?」
1年後。それはあまりにも小さな数字で少し驚く。タイムマシンといえば、10年後だとか10年前だとか、100年後だとか100年前だとか、大きい数字で答える人が多いものだと思っていた。しかし雅はどうやら違うようで、1年後とハッキリ答えた。
「1年後生きてるのかなーって思って」
「何それ、せめて5年後とかじゃないの?」
「ううん、1年後」
雅の考えには納得がいかなかったけれど、世界には色々な考えの人がいるし、強要するつもりもないから、そっかあと言って話を切る。
やがて学校が見えてきて、私たちは校門前で左右に別れた。私たちの学校には専門科と一般科が存在し、校舎が別れていた。私は一般で、雅が専門。朝別れてからは、放課後まで会話をすることも、顔を合わせることもない。それくらい専門科は忙しいらしい。
いつもと変わらない会話にいつもと変わらない道、いつもと変わらない校舎、いつもと変わらない授業。また今日も勉強をして、放課後に雅と寄り道をして、そして家に帰る。そうやって変わらない日々が繰り返されていくと思っていた。
それなのに。
バンッ。そんな銃声のような鈍い音と共に、数人の悲鳴が、専門科の校舎からハッキリと聞こえてきた。クラスはざわつき、先生が状況確認のために教室を後にした時、耳を疑うような校内放送が入ってきた。
──生徒が1名、屋上から飛び降りました。教師が対応中のため、生徒の皆さんは席に座って静かに待機をお願いします。
私は、いつもと違う雅を思い出し、冷や汗が止まらなかった。雅に限ってそんなことあるはずない。雅は私に相談してくれる。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
でも。大丈夫なんかじゃなくて。
一斉帰宅することになり、私は誰よりも早く教室を出て、専門科へと走った。雅の様子がいつもと違かったから。雅から連絡が返ってこなかったから。
走って、雅のクラスに辿り着いた時、そこに雅の姿はなくて。
「雅は、竹本さんはどこですか」
そんなはずはないと、自分に言い聞かせながら先生にそう尋ねた。冷や汗は止まらず、声は震えて、今にも泣き出しそうだった。
先生は、そんな私の顔を見て暗い顔をした後、ただただ、ごめんなと小さく呟いた。

家までどうやって帰ってきたか分からなかった。お母さんが心配そうな顔をしておかえりなさいと声をかけてくれただろうけれど、多分私は顔も見ず、返事もせず部屋に入ってしまった。
私は何度も何度も雅に電話をかけた。夜になっても、日が昇り始めても、日が昇りきった後も、また夜が来ても。それでも雅が電話に出ることはなくて、私も部屋から出ることが出来なかった。もう、薄々気がついていたから。飛び降りた生徒が、雅であるということに。
部屋から出ればきっと、お母さんが暖かいスープをくれる。部屋から出ればきっと、お母さんが真実を伝えようとする。部屋から出ればきっと、雅は本当に居なくなってしまう。
そうして月日が経って、事実が明らかになった。
それは私が学校に行けなくなって、家族とも直接話さなくなった頃だった。
飛び降りた生徒は雅で、クラスメイトからいじめに合っていたらしい。先生は新人ということもあり、いじめグループが怖くて、止められなかったのだとか。
私は腹が立って仕方がなかった。先生にも、雅をいじめた愚図共にも、見て見ぬふりをした奴らにも。でも、それ以上に、気づいてあげられなかった自分自身に、腹が立って、憎くて、殺してしまいたかった。
雅、私の大切な友達。私に勉強を教えてくれた優しい友達。私を叱ってくれた頼れる友達。私を笑わせてくれた暖かい友達。一緒に笑いあった私の親友。
雅は完璧主義で他人に弱みを見せたがらなかった。けれど、多分、あの日、1年後と答えたのは雅なりに助けを求めていたからなのだと思う。1年間、耐えられるかな。そう伝えていたのだと思う。
私がもっとしつこく聞いていたら。私が雅の異変に気づいた時にもっと寄り添っていたら。雅はまだここに居たのかもしれない。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。気づいてあげられなくてごめんなさい。
もしもタイムマシンがあったなら。私はあの日に戻りたい。

7/19/2024, 11:09:14 AM

『視線の先には』



憎らしいほど空が青い今日、私の視線の先には家を出た母の姿があった。髪を巻いて、キラキラと輝きを放つ黒いパンプスをはいて、唇を紅く染めて女を謳歌している母は、私たちと暮らしていた時よりもずっとずっと綺麗で、ずっとずっと幸せそうだった。
私は今、父と2人で暮らしている。私には今年27になる兄がいるけれど、兄は父に負担をかけまいと早くに家を出た。兄は、父と2人で暮らす私を気にかけて、定期的にいくらか送金してくれる。私ももう子供じゃないし大丈夫だよと伝えても、俺がしたいからと言って辞めようとしない。大丈夫なのかと問うと、友人とルームシェアをしているから、勿論大変なことは多いけれどやっていけていると返答が帰ってきたため、兄の善意に甘えることにしている。
母は9年前、私が高校生になったばかりの春に突然家を出ていった。夫婦喧嘩が多かったわけでもなければ、金銭面で困っていたわけでもない。家族間のトラブルがあったわけでも、仲が悪かったわけでもない。むしろ仲つむまじい家族だったと思う。
それでも母は誰にも何も言わず、小さな置き手紙を1枚だけ残して夜中に家を出ていった。
父は状況が理解出来なくて、受け入れられなくて、お酒を頼るようになった。
酔って暴力をふるうなんてことは一切なかったけれど、アルコール依存症になり、精神を病み、父は壊れていった。反抗期、受験期まっさだなかだった兄はそんな父と母を見て、日に日に家に帰ってこない日が多くなっていった。
私は父を支えようと必死に力を尽くしたけれど、何一つ上手くいかなかった。バイト漬けの毎日で勉強に力が入らず、眠れない日が続き、ついにはご飯が喉を通らなくなった。父と母は、周りの反対を押し切って結婚したらしく、祖父母とは縁を切ってしまっていて、顔も知らなければ連絡先も知らず、誰も頼ることが出来なかった。
そして私は限界が来た。
限界が来て、夜中に家を出て、死のうとした。そんな時に、兄が久々に帰ってきて、私を見て、頭を下げてきた。目が覚めた。今まで好き勝手して押し付けてごめん。そうやって兄は私に何度も頭を下げ、抱きしめてきた。私は別に兄を恨んではいなかった。反抗期というのもあったと思うけれど、兄だってショックだったに違いないし、兄には気持ちを整理する時間が必要だと思ったから。崩壊した家に帰りたくない気持ちも痛いほど分かるから。
兄が力を貸してくれるようになってからは、信じられないくらい楽になった。兄は受験勉強をしながら、バイトをして、父を病院に連れていった。
そして、2年という年月をかけて、父は完治した。
とはいえ、またいつ発症してしまうかは分からないし、また父が壊れてしまわないか不安ということもあり、現在、父と私は2人とも働きながら2人で暮らしている。

25歳を迎えた今だって、あの時の記憶はハッキリと残っているし、母の顔も忘れていなかった。とはいえ、もう何年も会っていなかったから、引っ越した先で母を見つけるだなんて微塵も思っていなかった。
私には、母に声を掛けるべきなのか分からなかった。聞きたいことは沢山あった。どうして出ていってしまったのか、どうして戻ってきてくれなかったのか、どうして連絡さえしてくれなかったのか、どうして貴方の隣に今、母にそっくりな女の子がいるのか。
私は母のことが憎かった。もう二度と会いたくないと思っていたし、どこかで野垂れ死んでしまえばいいのにとさえ思っていた。
はずなのに、どうしてか今、涙が溢れて止まらない。
どうして。どうして。どうして。
いい歳した大人なのに、涙が次から次へと流れ、頬をつたり、虚しく地面にこぼれ落ちていく。
どうすることも出来ないこの感情を消したくても消せなくて、忘れたくても忘れられない。
「お母さん」
そう小さな声で呟く。こんな人混みの中、小さな小さな声で呟いた言葉に母が気づいてくれるはずもなく、母の姿はやがて消えていった。
私はただ立ち尽くし、涙が止まるまで、そこから離れられなかった。

7/18/2024, 1:21:32 PM

『私だけ』



「私だけってって言ってたじゃん」
今、俺の目の前には、頭が痛くなるくらい甲高い声で泣き叫ぶ女がいた。どうやら俺が他の女と出かけたことが気に食わないらしく、何度なだめても聞く耳を持たず、ヒステリックは止まりそうになかった。そもそも俺たちの関係はコイビトだとかオトモダチだとかそんなものでは一切なく、大人の関係を持つだけの仲、所謂セフレみたいなものだった。
俺には何人もそういう仲の女がいるし、この女もそれを理解した上で俺に近づいてきた。それなのに今更詰められたってどうすることも出来ないし、わざわざこちらが優しくする必要性も感じない。
「面倒臭い女は嫌いって言わなかったっけ」
わざと大きくため息をついてみると、女は涙を流し続けながら俺のズボンの裾を引っ張ってくる。あぁ、気持ちが悪い。これだから面倒臭い女は嫌いなんだ。
「離せよ。俺たちはもうお終い。やり直すこともなければ二度と会うこともない。じゃあ、さようなら」
女の肩を強く押し、ズボンから手を離させて言葉を放てば、女は、絶望という言葉がピッタリな表情で俺を見つめて、ごめんなさいと謝罪の言葉を繰り返し始める。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの。ごめんなさい、ごめんなさい」
耳障りな声で、気持ちが悪い顔でねだられても、泣かれても、可愛さなんて感じられなければ何とも思えもしない。むしろ、彼奴を思い出して気分が悪くなる。男に泣いてすがって、依存して、そして馬鹿を見た彼奴を。
ただひたすらに気持ちが悪かった。どうしてそんなに低脳で何も出来ないのか、俺には理解出来なかった。
「私なら、私だけが、蓮くんの全部を愛してあげられるっ」
突然、女がそう叫んだ。
全部を愛す?この女は一体何を言っているのだろうか。俺の全てを知っているわけでもないくせに何故そんな事を言い切れるのだろう。そもそも俺は誰かに愛されたいだなんて微塵も思わないし、愛したいとすら思わない。愛なんてものは残酷で、気持ちが悪くて、嘘にまみれている。そんなものを信じ
ることなんて出来るわけがない。信じたくもない。
信じたってどうせ、時の流れと共に愛は薄れ、移り変わり、失われ、みんな離れていくのだろうし、実際、みんな離れていった。

だから俺は愛されたいだなんて思わない。思いたくない。なのに。
どうしてか彼女を見ていると、愛したいと、愛されたいと思ってしまう。もう誰も信じないと決めていたのに。
俺だけ見てほしい、俺だけ愛してほしい。
そんな気持ちが悪いセリフは言いたくないのに、想いが溢れて爆発しそうだった。
離れていかないで、捨てないで、忘れないで。
そんな想いが溢れて、自分でもどうしようも出来なくて、酷く苦しい。苦しくて息がつまる。この感情を寂しいと言うのかもしれない。
そして俺はまた、女を作る。負のループだって、辞めるべきだって自覚はしてるけれど、辞められない。辞めたくない。
もし仮に遊ぶのを辞めた時、一体何人が離れないでいてくれるのだろうか。誰が俺を見てくれるのだろうか。誰が俺を愛してくれるのだろうか。誰にも愛して貰えないのは酷く怖い。

考えるのはもう辞めよう。俺はただ、好きに生きるだけ。やりたいようにやるだけ。俺が辞めなければ女は増え続けるし、満たされ続けるんだ。
俺はちゃんと、シアワセだ。

7/16/2024, 12:18:13 PM

『空を見上げて心に浮かんだこと』



「瑛慈くんみたい」
2人で縁側に腰掛けて、暖かい日差しを浴びながら庭に根を張る柿の木を眺めていると、突然、由香がそう呟いた。由香のほうに目をやると、由香は可愛らしい笑みを浮かべながら空を見上げていた。
「どういう意味?」
由香につられて僕も空を見上げてみたけれど、太陽が眩しくて、すぐにまた柿の木を見つめる。由香は眩しくないのかななんて思いながら返事を待っていると、由香は僕に視線を移して言葉を続けた。
「太陽が、瑛慈くんみたいだなって思ったの。瑛慈くんは私を導いてくれる太陽で、私は向日葵なの」
「なるほどね。由香は相変わらず感性が豊かだね」
正直、由香の言葉の意味がいまいちよく分からなかったから、素直に思ったことを伝えてみた。由香は本当に分かってる?とでも言いたげな様子で僕の頬を何度もつついた。可愛らしい由香に、思わず吹き出して、辞めてよなんて言いながら僕もやり返して。そうやって他愛もない会話をしていると、辺りが薄暗くなってきて、冷たい風が顔を出してきた。
「そろそろご飯作らなくちゃ」
由香がそう言って立ち上がるのを見て、僕も立ち上がる。片方がご飯を作っている時は、片方は洗濯をたたむ。それが僕たち夫婦の決まり事だった。今日のご飯担当は由香だから、僕は洗濯をたたみに居間へと向かう。
そうやって、大切な人と、いつもと変わらない風景を眺めて、いつもと変わらないことをして、いつもと変わらない日常を過ごしていく。それはとても幸せなことだと分かっていたつもりだったけれど、あくまでもつもりというだけで、本当は何も分かっていなかった。
今、やっと理解した。
僕はどんなに充実していたのか、僕はどんなに幸せだったのか、僕はどんなに由香を愛していたのか。
いつか、由香が僕に言った言葉の意味も、今ならよく分かる。僕にとっても由香は太陽で、由香がいるから、前を向いて、胸を張って、綺麗に咲くことが出来るんだ。
今更気づいたの?なんて由香は笑うだろうか。
それでもいい。笑われても、馬鹿にされても、呆れられてもいい。それでもいいから、どうか、もう一度、もう一度だけ、由香に会わせてほしい。由香に触れさせてほしい。由香の声を聞かせてほしい。叶わない願いだって分かっているけれど、僕は、願うことを辞められなかった。

7/15/2024, 10:36:33 AM

『終わりにしよう』



「終わりにしよう。」
彼が優しい笑みを浮かべて言ったとき、頭を鈍器で殴られたかのように、痛くて苦しくて仕方がなかった。終わりにしよう。それは私が1番聞きたくない言葉で、彼がその言葉を口にした時、私は耳を疑った。彼は優しい人で、私を絶対に傷つけないから、彼が私が恐れている言葉を言うなんて思ってもみなかった。
「もう駄目なんだよ。もう辞めよう。」
彼が言葉を紡ぐ度、涙が溢れ、頭が真っ白になり、呼吸が苦しくなっていった。あまりに衝撃的で、返事をすることさえままならない。言わないで。聞きたくない。辞めて。言葉にならない想いが私の思考を埋め尽くす。それでも彼はお構いなしに言葉を続ける。
「知瀬。僕は君と出会えて幸せだったんだ。君のことを愛しているし、君には誰よりも幸せになって欲しいんだ。」
私の名前を呼ぶ彼の声は優しくて、暖かくて、どうしようもないくらい胸が苦しい。
「いや、いや、いかないで。」
やっと言葉になった私の想いに、彼は答えてくれない。優しく微笑んで、首を横に振るだけ。
私だって分かっている。いつかは終わりが来るということも、自分自身が狂っていることも。それでもいざ別れを告げられると、理解が追いつかない。
「ごめんね、知瀬。僕がそばにいてあげられたら良かったけれど。僕は──。」
「言わないで、お願い。」
彼の言葉を遮って言葉を発する。お願い。言わないで。お願い。あと少しだけ。少しだけでいいからそばにいて。離れないで。
でも、彼は切なそうに微笑んで、言葉を続けた。
「僕はもう、死んでしまったんだよ。」
あぁ。どうして。聞きたくなかった。分かっている。彼は数年前に死んでしまったことも、今目の前にいる彼は幻覚だってことも。
行き場のない気持ちが、想いが溢れて、それでも言葉にならなくて、嗚咽が止まらない。
「ごめん、ごめんね。でも、僕はもう君のそばにはいられない。君はもうそろそろ前を向かなくちゃいけないと思うんだ。」
彼が私の頭を撫でようとするけれど、触れられるはずもなく、彼の手は私をすり抜ける。
「知瀬。僕はいつも君を見守っているよ。だから泣かないで。君の涙を拭ってあげられないのは苦しいんだ。」
「いかないで、いやだ、いや、お願い」
悲願する度に、時が進む度に、彼の姿は薄くなっていく。傍にいたい。居なくならないで。ひとりにしないで。そんな想いは届かなくて。
何分が、何時間が経ったか分からなくなってきた頃、私の目の前にはもう何も、誰もいなかった。

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