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『もしもタイムマシンがあったなら』



昨日、父がよく見るテレビ番組で、もしもタイムマシンがあったらどこに行く?なんて話題が挙げられていた。父は、夕飯の残りの唐揚げを酒のツマミにしながらその番組を見て、つまんない話だななんてテレビに向かって文句を垂れていた。
私にとっては結構好きなタイプの話題だったため、いつもは見ないその番組に、私は釘付けだった。

「ねぇ、タイムマシンがあったらどこに行きたい?」
朝、いつものように雅と2人で登校していたとき、ふと気になって尋ねてみた。雅は突然何よとでも言いたそうな顔で笑って、考える素振りを見せた。そんな雅の返事を待ちながら、私も考えてみて。
私は江戸時代だとか旧石器時代だとか、歴史を感じる時代に行きたい。歴史が大好きな私の脳みそに詰まった知識を使って、争いや革命の展開を変えてみたい。勿論そんな上手く行くはずもなければ、タイムマシンなんて存在しないのだから、あくまでも”もしも”の話だ。
「1年後かな」
そんなことを考えていると、考えがまとまったらしい雅がそう呟いた。
「1年後?どうして?」
1年後。それはあまりにも小さな数字で少し驚く。タイムマシンといえば、10年後だとか10年前だとか、100年後だとか100年前だとか、大きい数字で答える人が多いものだと思っていた。しかし雅はどうやら違うようで、1年後とハッキリ答えた。
「1年後生きてるのかなーって思って」
「何それ、せめて5年後とかじゃないの?」
「ううん、1年後」
雅の考えには納得がいかなかったけれど、世界には色々な考えの人がいるし、強要するつもりもないから、そっかあと言って話を切る。
やがて学校が見えてきて、私たちは校門前で左右に別れた。私たちの学校には専門科と一般科が存在し、校舎が別れていた。私は一般で、雅が専門。朝別れてからは、放課後まで会話をすることも、顔を合わせることもない。それくらい専門科は忙しいらしい。
いつもと変わらない会話にいつもと変わらない道、いつもと変わらない校舎、いつもと変わらない授業。また今日も勉強をして、放課後に雅と寄り道をして、そして家に帰る。そうやって変わらない日々が繰り返されていくと思っていた。
それなのに。
バンッ。そんな銃声のような鈍い音と共に、数人の悲鳴が、専門科の校舎からハッキリと聞こえてきた。クラスはざわつき、先生が状況確認のために教室を後にした時、耳を疑うような校内放送が入ってきた。
──生徒が1名、屋上から飛び降りました。教師が対応中のため、生徒の皆さんは席に座って静かに待機をお願いします。
私は、いつもと違う雅を思い出し、冷や汗が止まらなかった。雅に限ってそんなことあるはずない。雅は私に相談してくれる。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
でも。大丈夫なんかじゃなくて。
一斉帰宅することになり、私は誰よりも早く教室を出て、専門科へと走った。雅の様子がいつもと違かったから。雅から連絡が返ってこなかったから。
走って、雅のクラスに辿り着いた時、そこに雅の姿はなくて。
「雅は、竹本さんはどこですか」
そんなはずはないと、自分に言い聞かせながら先生にそう尋ねた。冷や汗は止まらず、声は震えて、今にも泣き出しそうだった。
先生は、そんな私の顔を見て暗い顔をした後、ただただ、ごめんなと小さく呟いた。

家までどうやって帰ってきたか分からなかった。お母さんが心配そうな顔をしておかえりなさいと声をかけてくれただろうけれど、多分私は顔も見ず、返事もせず部屋に入ってしまった。
私は何度も何度も雅に電話をかけた。夜になっても、日が昇り始めても、日が昇りきった後も、また夜が来ても。それでも雅が電話に出ることはなくて、私も部屋から出ることが出来なかった。もう、薄々気がついていたから。飛び降りた生徒が、雅であるということに。
部屋から出ればきっと、お母さんが暖かいスープをくれる。部屋から出ればきっと、お母さんが真実を伝えようとする。部屋から出ればきっと、雅は本当に居なくなってしまう。
そうして月日が経って、事実が明らかになった。
それは私が学校に行けなくなって、家族とも直接話さなくなった頃だった。
飛び降りた生徒は雅で、クラスメイトからいじめに合っていたらしい。先生は新人ということもあり、いじめグループが怖くて、止められなかったのだとか。
私は腹が立って仕方がなかった。先生にも、雅をいじめた愚図共にも、見て見ぬふりをした奴らにも。でも、それ以上に、気づいてあげられなかった自分自身に、腹が立って、憎くて、殺してしまいたかった。
雅、私の大切な友達。私に勉強を教えてくれた優しい友達。私を叱ってくれた頼れる友達。私を笑わせてくれた暖かい友達。一緒に笑いあった私の親友。
雅は完璧主義で他人に弱みを見せたがらなかった。けれど、多分、あの日、1年後と答えたのは雅なりに助けを求めていたからなのだと思う。1年間、耐えられるかな。そう伝えていたのだと思う。
私がもっとしつこく聞いていたら。私が雅の異変に気づいた時にもっと寄り添っていたら。雅はまだここに居たのかもしれない。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。気づいてあげられなくてごめんなさい。
もしもタイムマシンがあったなら。私はあの日に戻りたい。

7/22/2024, 11:41:54 AM