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『空を見上げて心に浮かんだこと』



「瑛慈くんみたい」
2人で縁側に腰掛けて、暖かい日差しを浴びながら庭に根を張る柿の木を眺めていると、突然、由香がそう呟いた。由香のほうに目をやると、由香は可愛らしい笑みを浮かべながら空を見上げていた。
「どういう意味?」
由香につられて僕も空を見上げてみたけれど、太陽が眩しくて、すぐにまた柿の木を見つめる。由香は眩しくないのかななんて思いながら返事を待っていると、由香は僕に視線を移して言葉を続けた。
「太陽が、瑛慈くんみたいだなって思ったの。瑛慈くんは私を導いてくれる太陽で、私は向日葵なの」
「なるほどね。由香は相変わらず感性が豊かだね」
正直、由香の言葉の意味がいまいちよく分からなかったから、素直に思ったことを伝えてみた。由香は本当に分かってる?とでも言いたげな様子で僕の頬を何度もつついた。可愛らしい由香に、思わず吹き出して、辞めてよなんて言いながら僕もやり返して。そうやって他愛もない会話をしていると、辺りが薄暗くなってきて、冷たい風が顔を出してきた。
「そろそろご飯作らなくちゃ」
由香がそう言って立ち上がるのを見て、僕も立ち上がる。片方がご飯を作っている時は、片方は洗濯をたたむ。それが僕たち夫婦の決まり事だった。今日のご飯担当は由香だから、僕は洗濯をたたみに居間へと向かう。
そうやって、大切な人と、いつもと変わらない風景を眺めて、いつもと変わらないことをして、いつもと変わらない日常を過ごしていく。それはとても幸せなことだと分かっていたつもりだったけれど、あくまでもつもりというだけで、本当は何も分かっていなかった。
今、やっと理解した。
僕はどんなに充実していたのか、僕はどんなに幸せだったのか、僕はどんなに由香を愛していたのか。
いつか、由香が僕に言った言葉の意味も、今ならよく分かる。僕にとっても由香は太陽で、由香がいるから、前を向いて、胸を張って、綺麗に咲くことが出来るんだ。
今更気づいたの?なんて由香は笑うだろうか。
それでもいい。笑われても、馬鹿にされても、呆れられてもいい。それでもいいから、どうか、もう一度、もう一度だけ、由香に会わせてほしい。由香に触れさせてほしい。由香の声を聞かせてほしい。叶わない願いだって分かっているけれど、僕は、願うことを辞められなかった。

7/16/2024, 12:18:13 PM