↺↺↺

Open App
7/16/2024, 12:18:13 PM

『空を見上げて心に浮かんだこと』



「瑛慈くんみたい」
2人で縁側に腰掛けて、暖かい日差しを浴びながら庭に根を張る柿の木を眺めていると、突然、由香がそう呟いた。由香のほうに目をやると、由香は可愛らしい笑みを浮かべながら空を見上げていた。
「どういう意味?」
由香につられて僕も空を見上げてみたけれど、太陽が眩しくて、すぐにまた柿の木を見つめる。由香は眩しくないのかななんて思いながら返事を待っていると、由香は僕に視線を移して言葉を続けた。
「太陽が、瑛慈くんみたいだなって思ったの。瑛慈くんは私を導いてくれる太陽で、私は向日葵なの」
「なるほどね。由香は相変わらず感性が豊かだね」
正直、由香の言葉の意味がいまいちよく分からなかったから、素直に思ったことを伝えてみた。由香は本当に分かってる?とでも言いたげな様子で僕の頬を何度もつついた。可愛らしい由香に、思わず吹き出して、辞めてよなんて言いながら僕もやり返して。そうやって他愛もない会話をしていると、辺りが薄暗くなってきて、冷たい風が顔を出してきた。
「そろそろご飯作らなくちゃ」
由香がそう言って立ち上がるのを見て、僕も立ち上がる。片方がご飯を作っている時は、片方は洗濯をたたむ。それが僕たち夫婦の決まり事だった。今日のご飯担当は由香だから、僕は洗濯をたたみに居間へと向かう。
そうやって、大切な人と、いつもと変わらない風景を眺めて、いつもと変わらないことをして、いつもと変わらない日常を過ごしていく。それはとても幸せなことだと分かっていたつもりだったけれど、あくまでもつもりというだけで、本当は何も分かっていなかった。
今、やっと理解した。
僕はどんなに充実していたのか、僕はどんなに幸せだったのか、僕はどんなに由香を愛していたのか。
いつか、由香が僕に言った言葉の意味も、今ならよく分かる。僕にとっても由香は太陽で、由香がいるから、前を向いて、胸を張って、綺麗に咲くことが出来るんだ。
今更気づいたの?なんて由香は笑うだろうか。
それでもいい。笑われても、馬鹿にされても、呆れられてもいい。それでもいいから、どうか、もう一度、もう一度だけ、由香に会わせてほしい。由香に触れさせてほしい。由香の声を聞かせてほしい。叶わない願いだって分かっているけれど、僕は、願うことを辞められなかった。

7/15/2024, 10:36:33 AM

『終わりにしよう』



「終わりにしよう。」
彼が優しい笑みを浮かべて言ったとき、頭を鈍器で殴られたかのように、痛くて苦しくて仕方がなかった。終わりにしよう。それは私が1番聞きたくない言葉で、彼がその言葉を口にした時、私は耳を疑った。彼は優しい人で、私を絶対に傷つけないから、彼が私が恐れている言葉を言うなんて思ってもみなかった。
「もう駄目なんだよ。もう辞めよう。」
彼が言葉を紡ぐ度、涙が溢れ、頭が真っ白になり、呼吸が苦しくなっていった。あまりに衝撃的で、返事をすることさえままならない。言わないで。聞きたくない。辞めて。言葉にならない想いが私の思考を埋め尽くす。それでも彼はお構いなしに言葉を続ける。
「知瀬。僕は君と出会えて幸せだったんだ。君のことを愛しているし、君には誰よりも幸せになって欲しいんだ。」
私の名前を呼ぶ彼の声は優しくて、暖かくて、どうしようもないくらい胸が苦しい。
「いや、いや、いかないで。」
やっと言葉になった私の想いに、彼は答えてくれない。優しく微笑んで、首を横に振るだけ。
私だって分かっている。いつかは終わりが来るということも、自分自身が狂っていることも。それでもいざ別れを告げられると、理解が追いつかない。
「ごめんね、知瀬。僕がそばにいてあげられたら良かったけれど。僕は──。」
「言わないで、お願い。」
彼の言葉を遮って言葉を発する。お願い。言わないで。お願い。あと少しだけ。少しだけでいいからそばにいて。離れないで。
でも、彼は切なそうに微笑んで、言葉を続けた。
「僕はもう、死んでしまったんだよ。」
あぁ。どうして。聞きたくなかった。分かっている。彼は数年前に死んでしまったことも、今目の前にいる彼は幻覚だってことも。
行き場のない気持ちが、想いが溢れて、それでも言葉にならなくて、嗚咽が止まらない。
「ごめん、ごめんね。でも、僕はもう君のそばにはいられない。君はもうそろそろ前を向かなくちゃいけないと思うんだ。」
彼が私の頭を撫でようとするけれど、触れられるはずもなく、彼の手は私をすり抜ける。
「知瀬。僕はいつも君を見守っているよ。だから泣かないで。君の涙を拭ってあげられないのは苦しいんだ。」
「いかないで、いやだ、いや、お願い」
悲願する度に、時が進む度に、彼の姿は薄くなっていく。傍にいたい。居なくならないで。ひとりにしないで。そんな想いは届かなくて。
何分が、何時間が経ったか分からなくなってきた頃、私の目の前にはもう何も、誰もいなかった。

3/22/2024, 10:45:14 AM

『バカみたい』



「バカみたい」

これは彼と出会った時、思わず口からこぼれ出た言葉だ。
常に自分より他人を優先したり、自分が傷つくのは構わず無茶ばかりしたり、周りの人だけは幸せになって欲しいなんて笑っていたりと、彼は信じられないほどのバカだった。 そんな人生で楽しいのかと尋ねた時も迷わず笑顔で頷いていて、彼のことは何年経っても理解出来ないだろうななんて思った。
私は常に他人優先に生きるなんて人生は御免だし、そもそも彼と出会うまでそんなこと考えもしなかった。
私はそんな彼が好きではなかったし、偽善者ぶるなと思っていた。
けれど、居場所のない私の傍に居てくれたり、何度も何度も懲りずに叱ってくれたり、しんどい時は何も聞かずに隣にいてくれたりする彼の優しさに惹かれていった。
彼に恥じない人間になろうと、タバコと酒を辞め、やんちゃ仲間とは距離を置き、勉強をした。
彼はそんな私を応援してくれて、励ましてくれて、やっと変われたのに。

「──くんが、亡くなりました」

本当にバカみたい。
他人を優先したり、私なんかの傍にいたりしただけではなく、家族からの暴力を誰にも相談せず耐え続けていたなんて。
しんどいのに無理をしたり、辛いのに隠したり、笑顔を絶やさなかったり、彼は本当にバカだ。
そして、彼と一緒に居たのに何も気づいてあげられなかった私も、自分のことばかりになっていた私も、彼が弱音を吐いたことがないと気が付かなかった私も、本当にバカみたいだ。

3/21/2024, 10:50:46 AM

『二人ぼっち』

21時、二人で手を繋いで、公園の芝生に寝転がって、「二人だけの世界になれば良いのに」なんて叶うはずもない願い事を、この世界の何処かに存在する神とやらに願った。
暴力ばかりふる私の両親も、彼女に依存している彼女の母親も、クラスのいじめっ子も、見て見ぬふりをする先生も、みんなみんな居なくなれば良いのにと。

「ねえ、どうして神様はわたしたちの願いを叶えてくれないんだろう」

寂しそうな、苦しそうな声色でそう呟いた彼女の表情は暗くてよく見えなかったけれど、彼女の性格上、きっと笑っていただろう。

「分からない。もしかしたら神様なんて居ないのかもしれないね」
「そっか。やっぱり、やるしか、ないのかな」
「うん、でも、怖いや」

無意識に力が入っていたようで、彼女の手を握る力が強くなると、彼女も力強く握り返してくれた。

「怖いけど、もう自由になりたいよ」

彼女と出会ってから今までで一番苦しそうな声色で呟かれたその言葉に、酷く共感したのと同時に、もうこうするしかないという状況に胸が締め付けられた。

「そうだね。やろう」

私たちは起き上がって、近くの高層ビルへと歩みを進めると、何方ともなく笑いが起こった。

「せめて来世では幸せになれますように!」

二人で声を合わせ、大きな声でそう叫んで飛んだ瞬間、私たちは誰よりも自由だった。

2/15/2024, 3:45:53 PM

『10年後の私から届いた手紙』



真っ白な封筒に入った"10年後の私から届いた手紙"には、何も書かれていなかった。
ただ真っ白い封筒に、真っ白い便箋が入っていただけだった。
真っ白いそれらには一切の汚れも、色もなく、まるで「お前には何も無い」とでも言っているみたいだった。
今私が10年前の自分に向けて手紙を書くとしたら。
中途半端な気持ちになる前に、死んでしまいなさいと伝えたい。死にたくないけど生きたくない。そんな気持ちになる前に、と。
何故未来の私は何も書かなかったのだろうか。何も書かないのであれば、そもそも手紙なんて出さなければ良いのに。

その時はどれだけ考えても答えは分からなかったけれど、今なら分かる。
未来はいくらでも変えられる、自由な世界なんだ。
未来は真っ白い封筒や便箋と同じで、好きに色を付けることが出来る。好きなことを書くことが出来る。好きな形に切ることが出来る。好きな写真を貼ることが出来る。
そう、行動さえすれば何だって出来るんだ。
今度は私が手紙を書くことになったんだ。また10年後、手紙を書くことになるかもしれないね。その時の私はどんなことを書くんだろう。考えてもよく分からないけど、まぁいいか。
今の私は真っ白なんだ。やりたいことも探し中だし、叶えたい夢も考え中。
だからさ、あなたが色を付けてよ。真っ白な私を、鮮やかに彩って。思い出を書き込んで。幸せを刻み込んで。
だってさ、未来はこんなにも真っ白なんだもの。

Next