「ん?」
月を背に、バイクで海岸沿いを走っていると何やら聞こえる。
「何だ?」
邪魔にならないところにバイクを停め、ヘルメットを外すと
「私も……」
やはり、何か聞こえる。
「何を言ってるんだ?」
遠くの声に耳を澄ませると
「ありがとう。絶対に、キミを幸せにします」
かすかに、そんな声が聞こえる。
「ああ、もしかして、海でプロポーズかな」
そんなに大きな声で言わなくても。と思わなくもないが、大きな声で伝えたい想いがあるのはうらやましいな。とも思う。
「俺にもいつか…」
大切な人ができるといいな。と思うのだった。
「あー、出会いないかな」
公園のベンチに座り、キミは深いため息を吐く。
「別れたばっかなのに、よく次にいこうと思えるよな」
つられたように、俺も深いため息を吐く。
「だって春だよ?春なら新しい出会いがありそうじゃん。春恋したいな」
「…春恋ね」
彼とケンカして別れたから。と、憂さ晴らしに付き合えとキミに言われ、公園に来たわけだけれど。
「興味なさそうだけど、彼女いないんだよね。春恋したくならない?」
俺達は家が隣同士の幼なじみだから、俺達が話さなくても親情報である程度のことは把握している。だから、俺に彼女がいないことも知っているんだろう。
「俺は、別に」
「ふーん、そっか」
聞いたくせにどうでもいいのか、俺から視線をそらし、キミはジュースを飲んでいる。
「俺はずっと、キミのことが好きなんだ」
そう言えたら、俺達の関係は何か変わるのかな。
でも、憂さ晴らしに付き合わされるだけだとしても、キミと会えなくなるのは辛い。
俺の覚悟ができない限り、俺の春は遠そうだ。
風景 ひとひら 未来図 です
風景
「…少し、淋しいな」
私は今、彼と2人で新幹線に乗っている。
「ごめんね、こっちに来てもらって」
ぼそっと呟いた独り言が聞こえたのか、彼は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「いいのいいの、わかってたことだもの。それに…」
頭では、こうなることはわかっていた。でも、実際そうなると、淋しさが込み上げてくる。
「今日からは、愛するあなたとずっと一緒にいられるのよ、嬉しいに決まってる」
笑顔を向けると
「俺も嬉しいよ」
安心したように彼も笑った。
私の地元へ出向していた彼と付き合い、彼が戻るタイミングでプロポーズされた。結婚すれば、慣れ親しんだ地元を離れなければならないことがわかっていて、受けたのは私。
「わかっていても、やっぱりダメね」
生まれ育った風景を心に刻むように、流れる景色を見つめたのだった。
ひとひら
「あ、ちょっと止まって」
桜並木をキミと散歩中、キミに呼び止められる。
「え、何?」
足を止め、キミを振り返ると
「少しかがんで」
「?」
訳がわからないまま言う通りにすると、キミは俺の髪に触れ
「はい」
俺の手のひらに、ひとひらの花びらを載せる。
「桜の花びらか」
「うん、髪にのってたから」
ふふっと笑うキミに
「これ、押し花にできないかな?」
提案すると
「できるよ」
「じゃあ頼んでもいい?」
「うん」
桜からのプレゼント。キーホルダーにして、合鍵をつけてキミに渡そうと思うのだった。
未来図
「ねえ、来年の今頃、私たちどうなってるかな」
仲の良い同僚のキミと話していると、そんなことを言われる。
「どうだろう。どうなってると思う?」
「私は、主任になってるといいな」
口に手を当て、キミはふふふと笑う。
「キミならなれそうだよね」
「ありがとう。で、あなたは?」
「俺は…」
俺の理想とする未来図。昇進していれば嬉しいがそれよりも、キミと恋人になっているといいな。と思うのだった。
元気かな 夢へ! 君と僕 です
元気かな
「元気かな。…って、元気に決まってるよね」
スマホを握りしめ、僕は苦笑いする。
キミと離れてまだ2日。なのに、今すぐにでも会いたくて仕方ない。
「たった、1週間。そう、1週間なのに…」
上司とともに来た出張。1週間なんてあっと言う間だと思っていたのに…。
「せめて、キミの声が聞きたい。けど、聞いたらキミが恋しくて、帰りたくなってしまう…」
そうわかっているからこそ、我慢しなければ…。
僕はスマホを握りしめたままベッドに横になると、きつく目を閉じたのだった。
夢へ!
「ああ、まただ」
いつも見る夢を今日も見た。けれどその夢は、いつも同じ内容の繰り返しで、同じところで目が覚める。
「うーん、どうにか続き、見れないかな」
続きを見る方法、続きを…。
「何かないかな」
と考え、ふと思う。
「そっか。いつもは出かけなきゃならないから起きるけど、今日は休み。もう一度寝たら、続きが見れる…とか?」
いや、そんなわけ…でも…。
「うん、やってみなきゃわからないよな。いざ、夢へ!」
僕は布団をかぶると、目を閉じたのだった。
君と僕
君と僕。
第一印象は、お互いに良くなかった。
僕は君を、愛想のない人だと思い、君は僕を、軽い人だと思っていた。
そんなお互いの印象が変わったのは、仕事でのトラブル。君が発注した品と同じ物を、別の社員が別の会社に発注し、数が多くなった。それを捌くのに僕が一役買い、君は、別の会社に発注する。というミスをした社員のフォローをした。
「ごめんなさい。発注ミスは、発注済みを課で共有していなかったことで起こりました。私の伝達ミスです」
と、頭を下げる君に
「何とかなったんだし良しとしよう」
ニッと笑うと
「いえ、それでは私の気が済みません。何かお礼をさせてください」
責任を感じているのか、君は必死な顔をする。
「なら、食事に付き合ってもらえませんか?」
必死な君に応えるため、そんな提案をすると
「はい、良ければご馳走させてください」
君は肩の荷が下りたように、ホッとした表情をする。
「…そんな表情もするんですね」
「…はい?」
「いや、なんでも」
トラブルと食事がきっかけで、お互いの距離を縮めた君と僕。今では公私ともに、良いパートナーになっているのでした。
「あの、どこに行くんですか?」
仕事で久しぶりにミスをしてしまい、デスクで落ち込んでいると
「何ボケっとしてんだ?ほら、行くぞ」
部長が来たかと思ったら強制的に連れ出され、なぜか今、部長の運転する車の助手席に乗せられていた。
「どこって、わかんねえのか?」
赤信号で私の方を向き言われたけれど、訳がわからない。
「着けばわかるだろ」
首を傾げる私に部長はフッと笑うと、再び前を向き、アクセルを踏んだ。
「着いたぞ」
部長が車を停めたのは、星がきらめく海。
「わっ、キレイ」
車を降り空を見上げると、無数の星が輝き、夜空だけでなく、海も照らしていた。
「ありがとうございます、部長。けど、どうして海に?」
まだ理由がわからず、隣に立つ部長に問いかけると
「…覚えてねえのか?」
部長は驚いた表情をしたけれど
「ま、結構前のことだしな。覚えてなくても仕方ねえか」
ハハッと笑う。
「え?私、何を忘れてるんですか?」
覚えていないことが何なのか気になり、思わず部長の腕を掴み見上げると
「気になるならヒントをやるよ。お前が新人の頃。んで、今と同じような状況」
私を見つめ、クスッと笑いながらヒントをくれる。
「私が新人の頃。同じような状況?」
同じような状況って、ミスして落ち込んでた。ってこと?
「……あっ」
「思い出したか?」
「はい。でも、あんな、遠い約束を覚えててくれたんですか?」
「まあな」
新人の頃、ミスをして落ち込んでいた私に、当時課長だった部長が
「そんなに落ち込むなよ、ミスは誰だってするんだから」
「でも、いろいろな方に迷惑をかけてしまって…」
「気にすんな。何とかなったんだし」
「けど…」
「悪いが今は落ち込んでる場合じゃねえんだ、やる事があるし。だから今はこれで、気持ちを切り替えろ」
缶ジュースをくれ
「今度もし落ち込むことがあったら、どこか連れてってやるよ、今はムリだから代わりに。なあ、どこがいい?」
「…星が見たいです」
「わかった。約束な」
頭を撫でながら、そう言ってくれたんだった。
「ま、本当なら、落ち込むことがない方がいいんだけどな」
微笑む部長を見たら泣きそうになり
「…ありがとう、ございます」
俯くと、部長はそっと抱きしめてくれたのでした。