会う。くちづける。肌を重ねる。それらを身勝手にやってきた自覚がある。相手のことなど何も考えずに己の欲に従った。
相手を変えて何度か繰り返したが、並行していたわけではない。割り切った遊び相手でもなかった。特定の相手は所謂交際関係にある相手で、その人とだけ行っていた。
今、交際相手はいない。
今にして思えば自分本位だった。だからこそ恋だと言われるかもしれない。ただ、自分としては本当は誰でも良かった可能性を感じている。そう言えるのも今だからだというのは分かっている。
自分が思っているほどまともではないことは、ここまで生きていれば気付ける。
結局のところ、誰でも良いなら遊んでいるのと変わらない。今はそういった欲が生まれていないだけではないのか。
理性を失うような情熱も、浮き立つ心も持たない。心焦がすような思いも抱かない。恋情などどこにあるのだろうか。
恋をして、愛が生まれて、家族になる。周囲にそんな人が増えてきたからこそ、自分のまともでない部分がよく見えるようになった。過去を見つめられるようになった。
恋の話は、いつまでもはぐらかすしかないらしい。
きっといつまでも埋まることはないのだろう。
当たり前にそこにあった。心の中を、自分を占めているとは思っていなかった。消えてしまってから気付いた。気付けただけ幸いなのか。大事だったのだろう。失われたものは戻らない。
ぽっかりと空いた穴。そこにあったものの代わりに何が入れられるだろうか。代わりなど存在しない。わかりきったことだ。だから、何もないことを感じている。
空虚。それを抱えることはできるのだろうか。
わたしばかり恋しいのよ。
女は言った。自分ばかり苦しい思いをしているのだと。男にとって、自分の優先順位は高くないのだと。自分ばかり嫉妬に駆られていると。醜いことはわかっていても思いは募るばかりで、愚かにも返してほしいと思ってしまうのだと。
男は黙って聞いていた。女の言い分を理解したわけではない。反論もある。
俺がきみを好いていないなどありえない。
男は言った。表情には出ていないだろうが、誰より大事なのは女だと。嫉妬心を抱くのは自分も同じであると。同じ気持ちであってほしいと望んでいるとも。
女の表情は晴れない。男への疑わしげな視線を隠さない。
男は女を抱きしめる。
この音が嘘だと思うのか。
女は何も言わない。言えないままその腕を男の背に回す。
同じはやさで、同じ大きさをしている。
お互いにそれだけを感じていた。
きみがくれた海。
それが、この貝殻だ。
耳に当てると波の音がするよ。
きみの言ったとおり、耳に当てると音がする。それが、海の波音なのか確かめるすべはない。
海には行ったことがない。この街から海は遠く、そう簡単には行けないのだ。この街には自分のやるべきこともある。
君と海に行きたい。
この貝殻をくれたときのきみの言葉。ずっと忘れていない。
机の上に、いつも見えるところに置いている。そして、行けない言い訳をひとつずつ消していく。
きみと海に行きたい。
同じ気持ちでいる。自分の本音を貝殻にだけ囁く。
積み重なる、積み重なる
あなたの小さな気遣いが
降り積もる、降り積もる
あなたの小さなやさしさが
大きな愛がそこにある