寿ん

Open App
10/26/2024, 12:58:35 AM

友達


思いの丈をほとんど全部話し終えてしまうと、心がすかすかになった気がした。スカートをはいたらこんな心地なんだろうか。
それじゃあ、また、と最後に告げて電話を切った。駅のホームのベンチにもたれて、大きく息を吐く。
彼女にとってのわたしが何なのかはわかっていた。
では、わたしにとっては一体どこに当てはまるのだろう。この愛は、同じものではない。

『やっぱり先生は、私の恩師です』

わたしなんかが。

「ただいま」
「おかえりー。遅かったね」
「ああ……うん、駅で電話してて」
「実家から?孫に会わせて〜っていう」
「いや……」
わたしにとっての彼女は
「……友達と」
へえ、と大げさに目を丸くしてからかう。
「あなたに、長電話するぐらいの友達いたっけね」
「残念。それがおるんですよー」

着替えようと自室に引っ込む。ちょっと思い出してスマホを取った。
30分前の通話履歴を消しかけて、その手をとめた。そうか、友達なら削除する必要はないんだな。
心のすかすかを感じる。秋晴れの今日の空みたいな、すかっとした心。


              『彼女と先生・おまけ』

10/19/2024, 6:04:44 AM

秋晴れ


美しい空でした。
涙ながらの通話を終え、見上げた青さはなんと尊大だったことでしょう。
秋晴れ、と呼ぶには少し遅い気もしますが、しかしそんな空模様だったのです。日陰から一歩出てみると、私たちをまんべんなく照らす太陽がありました。時折吹く風が、濡れた頬を撫でていきました。いつもは鬱陶しく焦りを感じる遮断機の音さえも懐かしく思いました。
私は確信したのです。今、私は幸せでないかもしれないけれど、決して不幸ではないのだと。
先生、あなたのおかげで。


              『彼女と先生・おまけ』

10/15/2024, 7:32:18 AM

高く高く


どれほど嬉しかったか。
わたしは間違っていなかったんだと、ちゃんと救えていたんだと言われた気がした。

『先生は私の恩師です』
なぜ?と茶化して問いかけると、彼女は常識だとでもいうように答えた。
『ぜんぶ』
わたしは何かを出来ていたらしい。彼女を助けられていたらしい。
わたしは、彼女が欲する言葉を持っていないのに。

わたしは知らない。彼女がどれほど高くわたしを見ているのか、それは本当にわたしなのか。あるいは幻想ではないのだろうか。
しかし彼女の視線はいつも背中に感じていた。高い高いわたしの理想が、壊れてしまいそうなほどに。



              『彼女と先生・おまけ』

10/11/2024, 5:47:25 AM

涙の理由


電車を降りて駅を出たところで、ポケットのスマホが震えた。確認すると、どうやら不在着信があったらしい。電話主を見てどきっとする。
慌てて歩道の端に寄り、折り返しをかけた。呼び出し音に手が汗ばんだ。
Rrr...Rrr...R
『はい』
「あ、福井です。すみません、さっきお電話いただいてたみたいで気がつかず……」
『ええよええよ。よく考えればさっきまで電車乗っとったよな』
「そうですね。ちょうど駅出たところで」
『せやんな。今ちょっといける?長くなるかもやけど』
……深呼吸。
何を言われるのか、わかるようでわからないけれど、それは私を傷つけたい訳じゃない。それだけは確かだ。
「はい、大丈夫です」
『よかった』
電話の向こうでほほ笑む様子が目に浮かんだ。
『ほなじゃあ、一旦最後まで聞いてほしい』

その人が電話越しに話したことは、主に謝罪だった。軽率なことをしてしまった、本当に申し訳なかったと繰り返していた。
私はどうでもよかった。むしろそれを聞くのが苦しかった。もういいですって遮りたくなった。
ひと通り謝り終えて、その人は少し沈黙した。やがて、ぽつりとつぶやいた。
「福井のこと……大事に思ってるんよ」

あ。
先生、あなたは私のことをわかっていた。私のこの心を知っていた。だからきっと難しかった、だからいつも寄り添ってくれた。
私が欲しい言葉を持たないから。
だからあなたはあんなにも、悲しい目をしていたんだ。

「先生」
溢れ出る感情が頬を伝う。
「やっぱり先生は」
うん、と電話口の向こうで頷いた。
「やっぱり先生は、私の恩師です」


                『彼女と先生・終』

10/9/2024, 1:13:15 AM

束の間の休息


駅の中のファストフード店が、今日はありがたい。
「いらっしゃいませ。ご注文をお伺いします」
「えーっと、コーヒーのSを……いや、やっぱりカフェオレで。あ、いややっぱり」
「大丈夫ですよ、今はお客様も少ないですから。ゆっくり決めていただいて」
「ごめんなさい本当。えーっとじゃあ……」
眠いわけではない。けれど目をさましたい。けれど夢に浸っていたい。けれど甘いのはもう十分な気もする。けれど−−−。
「じゃ、コーヒーのSとアップルパイで」
「かしこまりました。店内をご利用ですか?」
「そうですね」
「かしこまりました。ご注文を確認します、ホットのブレンドコーヒーのSサイズがひとつと、アップルパイがおひとつ。以上でよろしかったですか?」
「うん」
「では合計で330円いただきます」
財布を開くと、ちょうどの小銭が入っていた。トレーにのせる。若い店員は手際よく金を拾ってレジを打つ。
「ちょうど頂戴いたします。それではこちらをお席においてお待ちください」
札を受け取って、外向きのカウンター席に座った。昼時というのに店内に人はまばらだった。
ぼうっとしていると、さっきとは別の若い人が注文したものを運んできた。礼を言ってコーヒーに口をつける。
顔をしかめたのは苦いからでも、何か気に入らなかったからでもない。ただ熱いまま喉を通るこれが、今のわたしには必要だと感じた。
「ああ」
ため息がでる。
「ごめんな、福井」
アップルパイをかじった。ブラックコーヒーとはまるで対照な甘さ。熱々であることだけが共通点だろう。
わたしは、どちらかしかできないのだな。コーヒーかパイか、彼女はどちらかひとつを望んでいるのではないだろうに。

330円の休息は15分と経たずに終わった。その間に気がついたこと。店を出たなら、やるべきことがある。
わたしはスマホの電話帳を開いて、彼女の名前を探した。


                  『彼女と先生』

Next