涙の理由
電車を降りて駅を出たところで、ポケットのスマホが震えた。確認すると、どうやら不在着信があったらしい。電話主を見てどきっとする。
慌てて歩道の端に寄り、折り返しをかけた。呼び出し音に手が汗ばんだ。
Rrr...Rrr...R
『はい』
「あ、福井です。すみません、さっきお電話いただいてたみたいで気がつかず……」
『ええよええよ。よく考えればさっきまで電車乗っとったよな』
「そうですね。ちょうど駅出たところで」
『せやんな。今ちょっといける?長くなるかもやけど』
……深呼吸。
何を言われるのか、わかるようでわからないけれど、それは私を傷つけたい訳じゃない。それだけは確かだ。
「はい、大丈夫です」
『よかった』
電話の向こうでほほ笑む様子が目に浮かんだ。
『ほなじゃあ、一旦最後まで聞いてほしい』
その人が電話越しに話したことは、主に謝罪だった。軽率なことをしてしまった、本当に申し訳なかったと繰り返していた。
私はどうでもよかった。むしろそれを聞くのが苦しかった。もういいですって遮りたくなった。
ひと通り謝り終えて、その人は少し沈黙した。やがて、ぽつりとつぶやいた。
「福井のこと……大事に思ってるんよ」
あ。
先生、あなたは私のことをわかっていた。私のこの心を知っていた。だからきっと難しかった、だからいつも寄り添ってくれた。
私が欲しい言葉を持たないから。
だからあなたはあんなにも、悲しい目をしていたんだ。
「先生」
溢れ出る感情が頬を伝う。
「やっぱり先生は」
うん、と電話口の向こうで頷いた。
「やっぱり先生は、私の恩師です」
『彼女と先生・終』
10/11/2024, 5:47:25 AM