寿ん

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5/9/2025, 1:48:11 PM

〈夢を描け〉


『若人よ、大志を抱け。』

なんて言われても、僕にはわからない。

大志ってなに?
若人ってだれ?
それは本当に僕に言ってる?

わからないから無視し続けた。
いつかわかるようになる日を漠然と待ちながら、どんよりとした曇り空を見上げていた。

いつしかポツポツと雨が降り出して、何も見えなくなった。
見えなきゃ困るから、下を向いた。
そのまま歩くことにした。

いつのまにか、大人になっていた。

わたしは思う。
都会の駅の大きな広告に、どこかの国の気球がたくさん浮かぶ風景を見たあのときから、きっと世界の時間は止まってしまったのだ。

わたしだけ取り残されるなんて、そんな寂しいこと言わないでくれ。

あの日抱いた夢が叶わないと知ったのは、たぶん、その翌日だ。いつまでも長々と報われない希望を引きずるなんてミジメだ。

大人になるとは、そういうことなんだ。


わかるかい、だからわたしは君に言いたい。

「夢を描け、若人よ。
それの無意味さを知ったとき、君は真の大人になれるのだから」

4/16/2025, 4:09:54 AM

春恋


はる子、という子がいた。私は彼女が好きだった。
なんてことない、ふつうの女子高生で、私とは違うグループの子たちとよくつるんでいたけれど、だからといってグループ外の人には無愛想なんてこともなかった。

その高い背が好きだった。
その凜とした眉が好きだった。
その長い手指が好きだった。

彼女の手は、隣のクラスの人の家を燃やした。

ニュースは瞬く間に学校中、街中、国中に広まって、彼女は犯罪者になった。
みんな彼女を避けた。学校に帰ってきたら彼女を、みんな、歓迎しなかった。

私でさえも。


家の裏に、桜が咲いた。風が吹いた。花が散った。
はる子の高い背も、凛々しい眉も、もうあまり思い出せない。
ただ、彼女に恋をしていた、それだけをずっと覚えている。

4/7/2025, 8:18:58 AM

新しい地図


嚥下する、僕のすべてを。
降下する、すべての僕が。
硬化する、麗しのチーズ、カマンベール。

我慢できる?飲み込まないで。咀嚼して咀嚼して、どろどろに溶けてもまだ喉には通さないで。

気管を塞いで身体に溜まって息ができなくても、
おあずけ。

ね、こんなのはじめてだろう?
安心してね。僕が君に見せてあげるのは、新しい世界の地図だから。

投下する、君にすべてを。
放火する、君のすべてに。
硬貨ひとつ、チーズの中に隠したから。

君はでろでろに溶けた口で笑って、僕を嚥下するだけでいい、麗しの僕のカマンベール。

3/29/2025, 8:01:41 AM

小さな幸せ


(読み)チイサナ−シアワセ

ここであなたに会えること。

            類語→懐かしいあの味
            対語→ 「なんだかさみしい」


                  『わたし辞書』

3/28/2025, 2:25:04 AM

春爛漫


春爛々、私の心は淡々。
「お久しぶりです」から始まって、何も特別でない挨拶で締めた手紙を投函した。

雨たらたら。あなたのことをただつらつら。
頭に広げたノートに書きつけていたら、きっと今、兼好法師の気持ちがわかる。

風さらさら。あの人の髪がゆらゆら。
軍隊かしらと思うほど規則正しいエスカレーターの列に並んでいたら、ああ、見つけた。

春爛漫、桜満開、未満。
あなたの隣に並んだら、私の心に春がきた。

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