寿ん

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11/12/2024, 1:35:22 AM

飛べない翼


隣のクラスのつばさちゃんは、空を飛べないらしい。
四年生になって始まった「高飛び」の授業で、それが発覚したんだって。そういう人も一定数いるっていうのは知っていたけど、そんな身近にいたとは思わなかった。

みんな、つばさちゃんをいじめるようなことはしなかった。飛べなくたって、つばさちゃんはつばさちゃんで、ただあまり遠いところへ出かけるのは避けるようになったって。
でもその優しさが、つばさちゃんを苦しめた。

ある日の授業で、つばさちゃんは誰よりも高くジャンプした。三階の教室の窓からも見えるくらい、高く高く。そしてそのまま頭から落ちて、動かなくなった。

中学生になって、高校に通って、大学生になった今でも、つばさちゃんのように飛べない人に会ったことはない。ひた隠しに隠しているだけかもしれない。

わたしみたいに。

飛べないつばさちゃんにわたしができたことは、きっと……。

11/11/2024, 4:26:06 AM

ススキ


この時期になると、家の裏の土手にススキが起き上がる。秋風になびいて波のように揺れるのを見るのが好きだった。
あのススキの海を眺めながら心に決めた。オレは人を助ける仕事に就こうと。だから警察を目指した。
親友だった鈴木も一緒に、伊達メガネをかけて勉強した。白い布にマーカーで日の丸を描いて頭に巻いたら、鈴木はふんと鼻を鳴らした。
「それじゃあまるで浪人生じゃないか」
それでもオレに付き合ってくれるあいつは、やっぱりいい奴だった。

いい奴だったんだ。

今年もこの季節がやって来て、実家の裏の土手にはススキがそよめいてるんだろう。
思い出すのは、あいつと道を別れたあの日。
地元に帰るとススキを2本刈って、縁側からぼうっと月を見上げる。それから1本をへし折って庭へ投げ捨てる。

スズキ、お前を思いながら。

11/10/2024, 12:40:45 AM

脳裏


「本日は、お招きどうもありがとう」

メインを楽しんで、あとはデザートを待つばかり。私は床につくほど大きな白いクロスの掛けられたテーブル越しに、彼に会釈した。

「いえいえ、こちらこそ来てくれてありがとう。これといって珍しい料理も出せなかったけど」

「そんなことない!どれもこれも、とっても美味しかった」

「それならよかった」

彼は自分のグラスに水を注いで、ふわっと微笑んだ。

「これでもね、食材にはこだわったんだ。説明しても?」

もちろん聞きたい。こくこく頷くと、彼も嬉しそうに頬を上げた。

「前菜に添えたソースがあったでしょう、あれは彩りが大事だから、鮮やかさを保つのに苦労したよ。凝固も分離も防ぎたかったしね。いろんな赤い食材を、ペーストにしたりみじん切りにしたりして混ぜて。試行錯誤の末に、あの配分にたどり着いたわけさ」

なるほど、あのソースは確かに素晴らしかった。絶妙な苦味と酸味が、オードブルにしては少し甘い野菜たちの味付けを引き立てていたの。

「それからスープ。コンソメかクリームかで結構悩んだんだ。だけどどうしても使いたい肉があってね、この国では滅多に手に入らない希少部位さ。どうせなら君に食べてほしかった。でもほんの少しだからメインにはとても使えなくて。その点クリームスープなら、豪華にできるんじゃないかと踏んだわけだよ。柚子胡椒をアクセントにね」

ええ、本当に。スープだけでも心が満たれるくらい。あの刺激の正体が柚子胡椒だったなんて。おかげで芯からぽかぽか。

「メインは魚介を選んだけど、これも迷ったんだ。カルネはスープに入れちゃったからね。でもステーキをどんと出して、君の丸い目を見れたらなとも思った。結局、帆立のソテーでも喜んでくれてよかったよ。ああ、そうそう」

彼は立ち上がって奥のセラーを開けた。小ぶりなボトルを1本取り出して持ってくる。

「これ、一緒に飲もうと思って。デザートの前の、口直しみたいなものさ。グラスをこちらに」

差し出すと、上品な所作で注いでくれた。自分のにも注いで、話を続ける。

「ソテーのつけ合わせだけど、どうだったかな?実は咄嗟の思いつきで作ったから、ちょっと自信がなくて。ーー美味しかった?ああ、よかった。あれはね、とても硬いものだけど長時間かけてじっくり煮たら案外いけるんじゃないかって。君で試しちゃってごめんよ」

いいえ。むしろ私に最初に食べさせてくれたのは光栄だもの。大葉の上の、ジェリーのようなこれは何かと初めは訝しんでいたけれど、口当たりがとっても良くて気に入っちゃった。

「ただギリギリで準備を始めたからね、そこで時間を取られて、デザートがまだ冷凍庫というわけさ。うん、でもそろそろ固まったんじゃないかな。待っててね、見てくるよ」

彼はキッチンへ入った。やがて陶器のボウルを手に顔をのぞかせた。

「うん、大丈夫そうだ。取り分けて持っていくよ。
ところで、少し人体の話をしようか。そんな難しい話じゃないよ、安心して。

『脳裏』ってあるだろう?『脳裏に浮かぶ』とかよく言うけれど。
映画の中でさ、野蛮な民族が猿の脳みそをソルベにしている描写、あれ苦手なんだ。あんな苦くて臭みも強いやつ、食べれたもんじゃない。食わず嫌いなんて言わないでくれよ。

だけど脳裏は別だ。ふとした拍子にいろんなことが映し出される脳裏は、思考して堅くなった脳みそより味に深みがある。おもしろいでしょう。

脳裏は限られた部分にしかないからね、たくさんは作れなかった。2人で食べる量を考えると、1人分の脳じゃ足りなかったね。結局3人だよ。

でもいいんだ、君のためだから。大切なお祝いに奮発するのが楽しいんじゃないか。さあ、ミントの葉を飾って完成だ。

君のための特別なデザート、脳裏のソルベ。さあ召し上がれ」

11/4/2024, 3:54:18 PM

哀愁を誘う


もう何年も前のことだけどさ、うつむいて歩いてたらね、あんたの名前で呼び止められたんだよ。数学の西先生にさ。覚えてる?公式とかなんでも歌にしちゃう先生。

そうそう、それで先生が言ったわけ。「下向いてたから、あいつと勘違いしたー」って。そんとき私思ったんだよ。うん、なんかさ。

あんたって馬鹿だよなあ。

私、あんたのこと好きよ。おもしろいし楽しいし、かわいいし。けどあんたはいっつも下ばっか見てさ、顔も隠したがるし、哀愁?みたいなの漂わせて。背中がすんごい寂しげなわけ。

でもそういうのも、あんたのいいとこだよ。変な虚勢も見栄も張らないし、自分です!つって貫いてる感?そういうとこも好き。

あーなんか照れるな。けど夢の中でもなきゃあ、こんなん言えんでしょ。

あんたのこと、愛してるよ。ほんと出会えてよかった。一生の友達。親友。……お別れなんて、やだなあ。

……なんつって。
うん、もういっかな。全部言えた、悔いはない。

ほんじゃ、私そろそろ行くわ。あんたは来んなよバーカ。そうやって哀愁ちらつかせながら、ずっとそこにいなさいよ。

生きててよ。

それじゃーね。ま、これから背中向けるけど、あんたの目に私の後ろ姿が寂しそうに映ってたら、それは光栄だわ。

ばいばい。

11/2/2024, 3:38:46 PM

眠りにつく前に


お風呂に入る前に髪をといて、ひとつに束ねてから、メイクを落とす。寝巻きのスウェットに下着をくるんで脱衣所へ。

洗う順番は顔、体、そして頭。金曜日だけ入浴剤をいれて一週間の疲れを癒す。そのまま20分の半身浴。

やがてあがると早々に化粧水と乳液を顔につける。手について余ったそれらは腕や脚に塗って有効活用。濡れた髪はタオルでくるっと巻いて水分をとる。

そのあいだに着替えと歯磨き。最近ハマっているのは炭の歯磨き粉。一昨日も箱買いしたところだ。

うがいをしたら、頭のタオルを取って髪にオイルをなじませる。丁寧に、惜しみなく。そして鏡を見ながらドライヤーをする。

それが終わればキッチンへ。マグカップに電気ポットからお湯を注いで、スマホを触りながらゆっくり飲む。普段甘いもの好きなくせに、家で飲むのは白湯ばかりなんだから。

一旦ソファで休んで……なんてしたらすぐ寝落ち。一時間くらいして目が覚めて、目をこすりながらようやく寝室へ。

布団を被る前にアラームの確認をして、さあおやすみ。


これが彼の夜のルーティーン。
私のルーティーンは、そんな彼の行動ひとつひとつをくまなく観察し記録することです。

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