秋の訪れ
(読み)アキ-ノ-オトズレ
(意味)ほら、そこの街灯が灯ること。
類語……金木犀の香り
対語……ひと筋の汗
『涙の理由』
そんなの、あなたが笑うから。
ただそれだけよ。
「答えは、まだ」
銀行アプリから通知がきた。
なんだと思って開いてみると、こないだのクレジットカード利用額が引き落とされましたうんぬんと言っている。
3万8000円か口座から引かれ、残りは16万。
次の給料日が来たら、いよいよだ。
この金みんな握りしめて銀座の宝石店へ行こう。
君がくれたプロポーズの返事を買いに。
地位も権力もお金もない、地味なフリーターの俺だけど、せめてこれだけは確かな形にしたいんだ。
だから待っていてくれと頼んだら、君は不思議そうに首を傾けてる、それから耳を赤くして「うん」ってうなずいてくれた。
それだけで俺はなんだってできる気がしたよ。
君がくれたプロポーズの答えは、まだ、口の中にある。
でももうすぐ伝えに行くよ。
きらりきらめく想いを宝石に、
この永遠の誓いを輪っかにして、
君の薬指にはめよう。
「夢じゃない」
あなたがいた。
夢じゃなかった、夢ならよかった。
わたしはただ見つめるだけ。あなたに気づかれないように見つめるだけ。
幸せ?……ええ、そうかもしれません。
だけど不幸せかと訊かれたら、はいと答えてしまうでしょう。
あなたがいた、それだけなのに。それだけで……。
わたしは夢見心地になって、今にも空へ舞い上がりそうで、夢のなかではあなたはきっと、笑ってわたしのそばにいるの。
あなたがいた、夢じゃない、夢であってほしい。
夢のなかでなら思いを伝えられるから。
『真昼の夢』
夢を見ていた。
わたしは彼女の横を歩いていた。
桜が咲いた川辺を、ゆっくりと、何も言わずに。
いつのまにかわたしは、彼女の手を握っていた。彼女は何の反応も示さない。ただじっと、前の一点のみを見つめている。
わたしのことさえも見えていないように。
夢だとわかっていた。
彼女が、こんな近くにいるはずがないのだから。
だから腕をつかんで、引き寄せた。
されるがままに、彼女はわたしにもたれかかった。マネキンのように、手応えはまるでなかった。
プラスチックの頬に唇をつけた。
誰のものでもない耳にひと言、ささやいた。
この瞬間だけ、彼女はわたしのものになった。
わたしは自身がケモノと化す前に、彼女から手を離した。スーツのポケットのなかで、スマホが着信音に震えていた。
目を開けると、そこはいつもの道の上だった。
ランドセルを背負った子どもたちが、午前授業の開放感を全身で表しながら追い越していく。
こんな真っ昼間に、道の真ん中で、わたしは幻覚でも見ていたのか。
わたしは歩きだす。夢の中の彼女と同じように、ただ前一点のみを見つめて。
わたしより頭ひとつぶん背の低い彼女を、探してしまわないように。