透明
あたしのこと、好き?
好きならちゃんと、そう言って。恥ずかしがらないで全部見せて。
ズルイよ。あなたにはあたしの全部が見えてるくせに。
透明人間だからって、心まで透明にしないでよ。
願いが1つ叶うならば
それは突然で、とても儚い瞬間だった。
「もしもひとつだけ罪が許されるなら、あいつを殺したい」
彼女は、かすれた声でつぶやいた。すぐ横の車道を走るトラックに、危うくかき消されてしまうほどの音量で。
あいつ、というのが誰かはわかっていた。
彼女の後ろの席の、とても自分勝手な人。彼女を、いじめているともとれる人。わたしの隣の席で、わたしも怖くて何も言えずにいる奴。
なんて答えればいいかわからなくて、「そっかあ」とだけ頷いた。静かな帰り道だった。
翌月に席替えが行われた。
わたしと彼女の席は少し離れ、彼女とあいつはほぼ正反対に位置づけられた。
『ごめんね』。それが言えないまま時が経ってしまった。
今も頭をよぎる、彼女の表情。苦しそうに、憎らしそうに、悲しそうに「殺したい」と口に出したとき、どんな心地がしたのだろうか。
だから神様、もし願いが叶うのならば、わたしに勇気を与えてください。
彼女を傷つけたあいつに、最大の報復をくれてやる勇気を。
question
“I have a question. And maybe you also have one. Maybe it is about me, right?”
ええ、そうです。わたしはあなたのことが知りたい。
“So…I’m sorry but you can’t ask me anything.”
はあ? なぜです。今の今までたくさんお話してきたじゃないですか!
わたしの内側ばかり暴かせて、あなたはなんにも明かさないですって? 卑怯です!!
“No, you are wrong. You should have known already about me.”
“Listen to me please. I am…you. And you are me, alright?”
……ふざけないで。馬鹿にするのも大概にしてください。
“I don’t kidding you. You know. From initially, I only have use English you can understand.”
“You just have talked with yourself.”
あの日の温もり
お父さん指、お母さん指、お兄さん指、お姉さん指、赤ちゃん指、そしてこれは?
子どもって冷酷だ。排他的だ。暴君だ。
わたしのもう一本の指を、何故そんなに気味悪がるの。
だから、その日も俯いて帰っていた。とぼとぼ歩いていたら雨が降ってきて、わたしはみんなが嫌う六本指の手で傘をさした。
四つ角を横切ろうとしたとき、傘がぼんっと何かにぶつかった。顔を上げると、背の高い人が立っていた。あんまり高いから顔は見えなかった。
その人は少し身をかがめて、わたしの手の上から傘の柄を握った。ありえないほど優しくて、何故だか涙が溢れてしまった。
柔らかく涙を拭ってくれたあの人のことを、今も思い出す。その人が手を離してのたのたと去ってから、みんなと同じ五本指になっていたこの手を見つめるたびに。
どこの誰だか、なんてわからない。
だけどもう一つ覚えているのは、頬を撫でたあの手にはたくさんの指があって、それがとても温かかったこと。
今ならわかる。きっとあの人は、わたしみたいな人をたくさんたくさん救ってくれていたのだと。
高すぎる背丈、下がらない熱、治らない歩き方、人より多い指……。それらを一手に引き受けて、滑稽な足取りで世界をまわっているのだと。
あの日から、わたしにあったもう一本の指は周りの誰の記憶からも消えた。
あの日から、わたしにあった温もりは指一本分減った。
どうかどうかと願うのは、あの人に託した温もりが、他の誰かを温めてくれますように、ということなのです。
一輪の花
前略
先生、ずいぶんご無沙汰しています。
先生はお変わりありませんか。ご家族もお元気でいらっしゃいますか。
実は先日、駅であなたをお見かけしました。橋本の近くの駅です。
その日はとても疲れていて、もう何も考えられないと思っていました。夕飯も、もしかしたら食べないつもりだったかもしれません。
だけどあなたがホームに並んでいるのを見て、ああ、先生だと思いました。それで、今日帰ったらちゃんと掃除をして、ご飯を作って、入浴剤を溶かしたお風呂に入ろうと思ったんです。
わたしは先生のいらっしゃる列とは違うところに並んでいましたから、先生はお気づきになられなかったでしょう。
それでいいのです。
王達の駅に着いたとき、ふと、閉店間際の花屋が目に入りました。
もうお花は少なかったけれど、つい立ち寄ってみました。
フリージアという花です。そのときのわたしにはその黄色がとても素敵に見えて、一輪、買ってみました。暗い家路に、明かりが灯ったようでした。
先生、あなたがあの日、どんな思いでおられたのか、わたしにはわかりません。
だけど、これだけはどうしても伝えなくてはいけないと思うのです。
あなたのおかげで、わたしは今、幸せです。
と。
草々