でっかい男になるのが夢だった。
身体がでかいだけの男じゃない。
誰よりも強い剣士になって、冒険者として名を馳せて、海の向こうまでまたにかけた英雄になって、お姫様と結婚して。
所詮それは、一介の村人の僕には叶わない夢だったけど。
「あなた、もうすぐごはんができるから、テーブルの用意をしてくれる?」
「わかったよ」
愛らしい妻にこたえて、夕飯の支度をする。
布巾でテーブルを拭いていると、幼い娘と猫がじゃれてくる。
若い頃粋がっていた僕には勿体無い、小さな幸せ。
いや、最高の幸せさ。
2025/03/28 小さな幸せ
汗水垂らして、とか、パワハラ上司に頭下げて、なんて旧世代の働き方は終わった。
今は記憶を売って金を得る時代だ。
特別な『装置』に一定期間の『記憶』を吸い取らせて、その価値に見合った代金が支払われる。
売った記憶はまた別の誰かに買われて循環する。
特に好まれるのは、子供時代の幸せな記憶だ。両親に愛されて一緒に遊んだ記憶なんかは、虐待を受けた記憶を二束三文で売った奴に買われて、幸福な記憶にすりかわる。
誰かの幸せに寄与して、私にはがっぽり金が入るんだから、win-winの関係でいいじゃないか。
ある日、また記憶を売りに行った。ダイヤの指輪が欲しいと言う妻の願いを叶えるため、まとまった金が必要だからだ。
記憶を吸い取ってもらって、金を受け取る。
そして店を出たところで、ふと立ち止まった。
はて、ダイヤの指輪が欲しいと言ったのは、誰だったろう?
2025/03/26 記憶
「もう二度と相棒は持たないって決めてるんだよ」
戦場で見かけた戦いぶりに惚れ込んで、手を組まないかと、酒場で呑んでいるところに押し掛けると、彼は私にそう吐き捨てた。
そういう言い方をするということは、前には相棒がいたってことだろう。独りより二人のほうが生存率が上がるだろうに。
意気込む私の襟首を、酒場のマスターがむんずと掴んで引きずり、彼から離れたところで、苦渋に満ちた顔で告げた。
「あいつの相棒は、あいつをかばって死んだんだ。古傷を抉り返すんじゃあない」
その言葉に、脳裏に蘇る光景があった。
『おまえはオレの最高の相棒だ。二人で世界のてっぺんを目指そうな!』
傭兵には到底向かない優しい性格なのに、剣を振るう私に付き合って、共に戦場へ出て。
初陣であっけなく逝った幼馴染。
あの時、もう二度と他人を巻き込むまいと誓って、独りで戦場を駆け、それなりに名の知られる傭兵になった。
だけど幼馴染はもういない。
グズグズ引きずるのはあいつも望まないところだろうから、新しい相棒を探し続けて、やっと私の目にかなう相手を見つけたのだ。
「私は諦めないよ」
マスターに不敵に笑み返す。
私は彼を相棒にすることを諦めない。次の戦場で見せつけてやろう。
私はおまえの隣に立つに相応しい実力の持ち主だと。
もう二度と、おまえに喪失感を味あわせないと。
倒れる時が来たら、一緒だと。
2025/03/25 もう二度と
「また違うよ」
先生はいつも通り、原稿の束を突っ返してきた。
「『くもり』は『曇り』と書く。自信の無い漢字はひらきなさい」
前に『わかる』を『分かる』と書いたら、
『「分かる」は分かたれるものに使う。理解の意味で使う漢字じゃあないよ』
それに『気使い』と書いたら、
『気をつかうのは「気遣い」。まわりの誤解に引っ張られない』
と、まあとにかく、変換ミスに逐一口出ししてくる。
肝心の中身については、「そのうち芽が出る」ばかりで、具体的な感想や指導をくれたことはほとんど無い。
ため息ひとつ、つくと。
「でも」
ばららっ、と。
紙束をめくりながら先生は言った。
「今回の話は気に入った。もっとブラッシュアップすれば、プロで通るだろうね」
ああー、もう。
たまのそういう言葉が、わたしの心の雲を吹き飛ばすんだから。
2025/03/23 雲り
そういう思い出がある人生なら良かったんだけどね。
おあいにくさま。
施設育ちの高卒就職、生き残るのに必死で働いて。
気づいたら周りの友人はみんな結婚して子どももいて。
独りで歳を取っていた。
後悔はしてないよ。
親を憎んでもいないよ。
周りは……時々羨むけど。
これが自分の選んだ道。
戻りたくても戻れない。
だけど、自分が最期を迎えるときに見守っていて欲しくて。
犬を飼った。
散歩をすると、こちらに速度を合わせてくれる、賢い君。
君と一緒に同じ景色を見て、一緒に老いてゆこう。
2025/03/21 君と見た景色