しょうがないじゃん。
子供の頃から一緒に育って、気づいたら好きになってたんだから。
でも、あいつの鈍さは天下一品。
他の子と楽しそうに話してるところを目で追っても、お構い無し。
顔はいいし、騎士のたまごとして礼儀も槍の腕もいっちょまえなのに、ひとの想いには気づきやしない。
ざわざわ、ざわざわ。
いつも心がざわめいていた。
「全部知っていたぞ」
数十年後に、夕飯の席で、酒の肴にあっさりと暴露された。
「ハァ!?」
「いっそこちらからいつ言い出そうかと思っていた」
あたしの一喜一憂、全部お見通しだったわけ!?
あたしの苦労は何だったんだ!?
まったく、こいつは女心ってものがわかってない!!
2025/03/15 心のざわめき
『この先に、未知の世界があるよ』
古い日本家屋の広い裏庭に僕を導いた君は、古びた小屋の扉の前で振り返って笑った。
『もしわたしが、この扉の向こうへ行って、帰ってこなくても、探さないでね』
いつも朗らかに、君は笑顔を見せた。
『きっと、向こうの世界を気に入って、帰りたくなくなっちゃっただけだろうから』
君が行方不明になって三年が過ぎた。
大人たちは家出だ誘拐だと騒いだけれど、僕は確信していた。
君はあの扉の向こうへ行ったのだと。
南京錠と鎖の施錠が解かれた扉をくぐって、僕も扉の向こうへ飛んだ。
そこは地球の外国によく似て、それでいて歪な世界だった。
「きみ、ここらでは見ない顔だね」
ゲームでよく見るゴブリンやオーク、俗に魔物と呼ばれるひとびとが、普通に暮らす世界。
僕に話しかけてきたのも、細いからだのコボルド。
「気をつけたほうがいいよ。めずらしもの好きの、海の向こうの王にさらわれてしまう。三年前にも、きみと同じ種族と思われる娘が、つれてゆかれた」
君だと確信した。
帰りたくなくなっちゃったんじゃないんだ。帰れないんだ。
なら、僕が君を探して、その横暴な王から取り戻そう。
必ず、ふたりで帰るんだ。
2025/03/15 君を探して
限りなく透明に近いブルー、って小説があったよね。
昭和の時代にはセンセーショナルな内容で、瞬く間に話題になった。
それまでタブーとされたものを敢えて書いて、世間に反旗を翻す。昭和から平成に移ってゆく前の時代の、色々なものが混じりあった頃だったからこそ、注目を一身に浴びた作品だった。
限りなく透明に近いブルー。
それは透明なのか青なのか。
デジタルイラストが主流になって、果てしなく透明に近い描写をできるようになったけど、かつて水は青く塗るのが当たり前だった。
色鉛筆にも「水色」があるように。
水は水色で塗りなさい。肌は肌色で塗りなさい。太陽は赤でしょう?
昭和では固められて自由にできなかった概念。
「肌色」の名前すら無くなった今なら、太陽を透明に描くこともできるんじゃないかな。
2025/03/13 透明
「誤字ってるよ」
彼は深々とため息をつきながら、私の書いた原稿の束を差し出した。
「『終わり、また初まる、』じゃあない。『初』は初めてのこととか最初のことに使う字。ここは『始まる』が正しい」
さすが、国語教師の指摘は的確だ。
「小説書く前に小学生からやり直したほうが良くない?」
この、令和の時代には私がパワハラと訴えたら通りそうな、キツい言い方さえ無ければ、最高の指導者なんだが。顔はいいんだから、性格直したらどうですか。
あれ、性格は『直す』もの? 『治す』もの?
「まーた自分の世界に入ってるね?」
原稿をびろびろ振りながら、彼は眼鏡の奥の目を細める。
「君の想像力は買ってるんだから、もっと基礎力を上げなさい。そうすれば、妥当な年齢になった時、賞は勝手に転がり込んでくる」
褒めるのか、けなすのか。
どっちかにしてくれませんかね?
2025/03/12 お題「終わり、また初まる、」
「我々の祖先は、この星の海を渡り、この地に辿り着いたという」
先祖代々受け継がれてきた技術で編まれた空飛ぶ船から、満天の星空を見上げながら、兄は幼い俺に語った。
「祖先の星は、資源を掘り尽くし、残り少ない生きる糧を求めて激しく争い、我々には想像も及ばぬ武器をもって、ひとの住めない大地にしてしまったんだ」
その愚かな血を俺たちも受け継いでいるのかと問えば、兄は困ったように赤い瞳を細めて苦笑した。
「おまえはまだ幼いのに、皮肉屋だな」
ぽん、と。頭に兄の武骨な手が乗せられ、くしゃくしゃと髪を撫で回される。
来年には、俺もこの船の正式な一員になって、銃を握ることができるのに。子供扱いに頬を膨らませると、兄は声をたてて笑った。
兄の豪放磊落な性格が好きだった。将来のこの国の指導者としての素質を存分に備えたカリスマ性を尊敬していた。
今は子供扱いでも、何年かすれば、頼り甲斐ある右腕として立てることを夢見ていた。
今、大人になった俺は、一人で星を見上げている。
『ひとは命を終えたら星に還るんだ』
そんなことは無かった。兄の魂のゆくえを、俺は知っている。
兄が守るこの船で、守ってみせよう。
狂った神が滅ぼそうとしている、この世界を。
2025/03/11 お題「星」