嗚呼、風よ
どうか届けてこの想い
あのひとのもとへ、ひっそりと
秘めたる気持ちは
「お前、このアプリ始めてから、ラブロマンスしか書いてないじゃねーか」
わたしの手元を覗き込んで、腐れ縁のあいつが笑う。
「人のスマホ画面、勝手に見ないでよ」
ぷっくり頬を膨らませても、あいつは飄々と肩をすくめてどこ吹く風。
「そっちこそ、いつもひねくれたお題の使い方ばかりして。たまには真面目に書けっての」
「オレのは芸術ですうー。お前の砂糖菓子みたいな話とは相容れないんだよー」
親同士が親友の、生まれた時からほぼ一緒の幼馴染。
ねえ、そろそろ気づいてよ。
わたしがラブロマンスばかり書いて、誰に届けたいのか。
この想いを。
お題:ひそかな想い/たつみ暁
夢の中で必ず会うひとがいた。
最初は赤ちゃん。次は歩き出したころ。
ブロンドヘアに碧眼の少年は、すくすくと背が伸び、わたしの成長に合わせて大きくなってゆく。
あなたは誰?
いつだったかそう問いかけて手を伸ばしてみたけれど、夢の中は儚い泡沫。彼はわたしに答えること無く、姿が霞んで。
そうして空に向けて手を伸ばしたまま朝を迎えた。
彼のことを夢に見なくなった頃、この国の王子が、運命の女性をさがしているという噂が耳に入った。
そのすがたかたちが、わたしとぴったり一致することは、周りの誰もが気づいていた。
あなたが彼?
わたしの家に向かって近づいてくる馬車を、胸を高鳴らせながら待ち受ける。
果たして、馬車から降りてきた王子は、ブロンドヘアを揺らし、碧眼を細めて。
「会いたかったよ、きみ」
真っ赤な薔薇の花束を、わたしに向けて差し出した。
お題:あなたは誰/たつみ暁
国の交流推進で、文通をしている友達がいた。
名前と年齢が同じということ以外、顔も知らない、遠い街の子。
どんなお菓子が好きかとか。
庭に咲いた花が綺麗とか。
弟が生まれたとか。
そんな他愛ない話を、一生懸命紙にしたためて、封をして、郵便屋に託した。
だけど。
ある日わたしの住む村が盗賊に襲われて、家々は焼かれ、男は殺され、女はことごとく連れ去られた。
わたしは足枷をつけられて、遠い街の富豪の奴隷にされた。
閉じ込められた部屋の小窓から、嗤う三日月を見上げては、あの子が出した手紙はどこへ行くのだろうと考えていた。
さらにある晩。
屋敷がにわかに騒がしくなった。剣戟の音も聞こえる。
村が燃えた日を思い出して震えるばかりのわたしの前に、部屋の扉を蹴破って現れたのは、王国騎士。
「やっと、見つけた」
精悍な顔を嬉しそうにほころばせる彼は、わたしの前にひざまずいて、ぼろぼろのわたしの手を取り。
「 」
わたしの名前を、呼んだ。
「これから沢山のことを話そう。手紙では語りきれなかったことが、沢山ある」
それでわたしは彼が誰かをさとって。
とうに渇れたと思った涙が頬を伝い落ちた。
お題:手紙の行方/たつみ暁
彼女は目映い宝石のようだった。
貧民街出身の靴磨きで生計を立てているところを、
「動きに見込みがある」
とたまたま靴を磨いた相手が騎士団長で、騎士見習いに取り立てられた。
後ろ楯も無いくせに、と嫌がらせは絶えなかった。
訓練と称して生傷が増えた。刃を潰して重いばかりの剣を握らされた。
団長はそれとなく注意してくれたが、
「たまたまお気に入りのくせに」
とますますヘイトを買うばかりだった。
一度、堪えきれなくなって、駆け込んで泣いていたバラ園で、彼女と出会った。
「貴方は騎士様なの? わたくしとそう歳も変わらなそうなのに、すごいわね!」
弾ける笑みは輝いて見えた。胸が高鳴るのをおさえられなかった。
彼女のそばにいたくて、力をつけ、礼節を身に付け、周囲を見返してやった。
その頃には俺も彼女もだいぶ分別がつく歳だったが、彼女は護衛騎士筆頭として俺を指名した。
世界が輝いて見えた。もう、どんな嫌みもやっかみも、些細な雑音にしか聞こえなかった。
幸せな時間が続けばいいのに、世界は残酷で。
隣国が我が国の富を求めて攻め込み、団長は射貫かれ、陛下の首は落ちた。
我が国の旗は焼かれ、憎々しい紅蓮の旗が王城の尖塔に翻った。
従属の証に、彼女は侵略者の妃の一人として嫁ぐことになった。
こちらからは誰一人ついてゆけない、人質としての結婚。誰もがわかっていたが、抗う力はもう俺達には残っていなかった。
彼女の隣国行きを見送ることだけは許された。
その美しさを記憶に焼きつけようと見守っていると、不意に彼女が振り返り、駆け寄ってきて。
触れるだけのキス。
「お慕いしておりました」
「わたくしも」
涙を流しながら笑う彼女は、やはり世界に唯一の宝石のように輝いていた。
お題:輝き/たつみ暁
あと一年したら、あの子が来る。
彼を籠絡して、私を悪役令嬢に仕立て上げ、一生をかけても償えない冤罪を被せて、彼から婚約破棄を言い渡させて、北の牢獄に閉ざす、この物語のヒロインが。
転生したと気づいた時から、どうにか運命を避けようとした。
良い子に振る舞い、周囲に優しく、将来の国母として恥ずかしくない行いを。
それでも、物語の強制力か。母は病で亡くなり、父は宰相として野心を抱き傲岸に振る舞う。周りは私に媚びへつらい、本当の友達なんていない。
「どうしたんだい?」
やわらかい笑顔を向ける彼も、一年後には冷たい仮面しか私に見せなくなる。知っているから、黙って微笑み首を横に振る。
そう、すべてを諦めていたのに。
「お会いしたかったんですううう!!」
一年後、あの子はデビュタントで他の男に目もくれず、私めがけて走ってきて、がばりと飛びついた。
「その美しさ、強さ、聡明さに、アタシは、アタシはあああ!!」
とりあえず落ち着けとなだめても、その子は推しに出会ったオタクみたいなテンションでまくしたてる。
「大好きです! 貴女と幸せになりたいんです!!」
ああ。なんてことだろう。
もし神がいるならば、このまま時間を止めて。
お題:時間よ止まれ/たつみ暁