あれは暑い夏の日だった。
僕らは子どもだった。
永遠を無邪気に信じていた。
ずっと一緒だなんて。
耳の奥で、あの日の笑い声が弾ける。
肌を焼く日差しと青臭い草原の匂い!
手を振って別れた日々。
明日も会おうねと笑って、幻のように夏は過ぎ去った。
それでも僕の中で君たちは永遠だ。
僕はこの先も、あの夏の日を思い出す。
ずっとそばにいてほしかった。
僕は目を擦った。
たぶん都会のビルの照り返しがきつかったせいだろう。
君はふらつきながら顔を上に向け、思い切り口を歪めた。ビール瓶を持った手を突き上げ、あいまいな空を怒鳴りつける。
「なんて空模様だ!降るか晴れるかどっちかにしろよ!」
僕はどうにもおかしくて、くすくす笑いが止まらない。
君の赤らんだ顔。くしゃくしゃのシャツ。僕のネクタイはいつのまにか、どこかへ消えてしまった。
君は僕を睨んだ。
「おい、笑うなよ。おまえも一言言ってやったらどうなんだ」
「……空に?」
「そうだよ」
僕はにやりと笑って、ぐずつく空を見上げて叫んだ。
「降るなら早く降れよ!」
「いいぞ、その調子だ」
君は満足気に僕の背中をばしばし叩く。
背中はひりひり痛んだが、僕はとても嬉しかった。
すでに君の目は半分閉じている。
空が怒って本気で降り出す前に帰ろうと、僕は君の肩を押す手に力を入れた。
君の燃える眼差しに焼き尽くされるのが怖かった。
僕が君の姿で犯したすべての罪を、君は黙って見ていた。
僕は間違っていただろうか。
薄闇の部屋で一人、君は登れもしない螺旋階段をよく眺めていた。
タバコの煙で誤魔化せない苦しみに苛まれていた。
僕より高い体温が、命の矛盾を痛いくらいに伝えてきた。
君のすべて。
僕は君のすべてを貰った。
僕は間違っていただろうか。
君を焼き尽くした炎を燃料にして、僕は旅立つ。
君の瞳で僕は宇宙を見ている。
僕らは誰にも言えない秘密で繋がっていた。
まだ6月だというのに、ぬるい夕暮れの空気は肌にまとわりついて不快だ。
さびれた住宅街のアパートで、僕はベランダの窓を開けた。
西陽がまともに部屋を満たして、君は目を細めた。
「眩しい」
「暑い方がいやだろ」
君の携帯が着信音を鳴らす。
運動会でおなじみの天国と地獄。
君は発信元をちらりと見て、出もせずに切った。
「誰?」
「秘密」
「なんだそれ」
君はふいっと顔を逸らす。
汗が僕の額を伝って目に入った。
天国と地獄のメロディを鼻歌で歌いながら、君は窓を閉めた。
暑いって言ったのに。
忘れられない、いつまでも。
あなたの吐息の熱さ、首に触れる指先、僕を見つめる榛色の瞳。
良い香水の香り、薄暗い部屋、うっすら上がった口角。
燃える暖炉、並んだ本、知らないクラシック。
それから、僕を呼ぶあなたの声。
忘れられない、いつまでも。
君の眉間に寄った皺、安物のローション、黒縁眼鏡。
くしゃくしゃのシャツ、犬の毛、揺れる巻き毛。
美しい瞳、私の腕を掴む手、歪んだ微笑み。
そして、君がついに進化を終えた歓び。
忘れられたなら、どんなに楽だろうか。
侵食するあなたが恐ろしい。
僕は目を閉じて耳を塞いだ。
忘れないように、記憶を抱きしめる。
君に侵食していくことを喜ばしく思う。
私は目を開けて耳を澄ませた。