一夜の夢

Open App
5/3/2024, 2:56:53 PM

「二人だけの秘密だよ」

チェシャ猫めいた笑顔であいつは囁いた。
真っ黒な瞳が僕を飲み込もうとしている。

「ああ、気分がいいな。君の秘密をぼくだけが知ってるなんて。ぼくだけが。──あいつは知らないんだ」

じっと黙る僕を無視して、大きく手を広げたあいつが喋り続ける。
あいつにとっても僕にとっても都合が悪い秘密を、あいつは楽しんでいる。
過ちは無かったことにはできないが、僕は心底後悔していた。

「おまえ、絶対あの人に言うなよ」

悔しくて悔しくて、僕は食いしばった歯の隙間から言葉を押し出した。
念を押さずにはいられなかった。

「言わないさ。だって、せっかくの二人だけの秘密なんだから」

またチェシャ猫は笑って、強張った僕の体を抱きしめた。
背中に食い込む爪の感触を、僕は受け入れて目を閉じた。
きっと、これが罰なのだろう。

5/2/2024, 5:26:11 AM

目の前で弾けるカラフルな光。
わたしたち、まるで一つの生き物みたい。
あなたが触れてるのか、わたしが触れてるのか。
嬉しくて笑う声もあなたが飲み込むから。
あなたの中でわたしがこだまするの。

5/1/2024, 9:34:53 AM

蛇は黄色い眼をしていた。
りんごは真っ赤だった。
ちっともおかしいと思わずに、僕は知恵の実を齧った。

僕の罪と無知の証は、ここに刻まれている。
何かを飲み込むたびに、りんごが上下して主張する。

僕が楽園にいた頃、全ては調和していた。
誰がりんごを断れる?
誰が蛇の眼を潰せる?

僕の眼は何色をしているだろう。
君にりんごを差し出す僕の眼は。

4/22/2024, 2:46:41 PM

全てを捨てて、あなたを選んだ。
それがたとえ間違いだったとしても、僕は僕の心に背くことができなかった。

何度も何度も、あなたの夢をみる。
僕に呼びかけるあなたの、その絹のような声が、僕の心を絡め取って離さない。

きっと僕にも、悪魔の角が生えている。
あなたと揃いの黒い角。

後悔しているかい。

あなたは笑っていた。

ええ、もちろん。

僕も笑っていた。
間違えて、その次も間違えて、あなたの望む結末に辿り着いた。
せめて僕を連れて行って。
何も感じない世界まで。

4/20/2024, 3:16:25 PM

美味しい食事を摂り、ふかふかのベッドで眠る。
家は広くて、外車を乗り回し、高級なスーツを着る。
けれど、なにもかも虚しかった。

君さえいれば、他には何もいらなかったのに。
他の全ては手に入ったのに、君だけがここにいない。

大きなソファも、二つずつあるカトラリーも、並んだ枕も、全部が苦しいのは。
きっと君の分が、ぽっかり空いたままだから。

君さえいれば。
六畳一間のボロアパートでも、コンビニ弁当でも、薄い布団でも、幸せだっただろう。
君さえいれば、何もいらなかったのに。

Next