蛇は黄色い眼をしていた。
りんごは真っ赤だった。
ちっともおかしいと思わずに、僕は知恵の実を齧った。
僕の罪と無知の証は、ここに刻まれている。
何かを飲み込むたびに、りんごが上下して主張する。
僕が楽園にいた頃、全ては調和していた。
誰がりんごを断れる?
誰が蛇の眼を潰せる?
僕の眼は何色をしているだろう。
君にりんごを差し出す僕の眼は。
全てを捨てて、あなたを選んだ。
それがたとえ間違いだったとしても、僕は僕の心に背くことができなかった。
何度も何度も、あなたの夢をみる。
僕に呼びかけるあなたの、その絹のような声が、僕の心を絡め取って離さない。
きっと僕にも、悪魔の角が生えている。
あなたと揃いの黒い角。
後悔しているかい。
あなたは笑っていた。
ええ、もちろん。
僕も笑っていた。
間違えて、その次も間違えて、あなたの望む結末に辿り着いた。
せめて僕を連れて行って。
何も感じない世界まで。
美味しい食事を摂り、ふかふかのベッドで眠る。
家は広くて、外車を乗り回し、高級なスーツを着る。
けれど、なにもかも虚しかった。
君さえいれば、他には何もいらなかったのに。
他の全ては手に入ったのに、君だけがここにいない。
大きなソファも、二つずつあるカトラリーも、並んだ枕も、全部が苦しいのは。
きっと君の分が、ぽっかり空いたままだから。
君さえいれば。
六畳一間のボロアパートでも、コンビニ弁当でも、薄い布団でも、幸せだっただろう。
君さえいれば、何もいらなかったのに。
神様へ近づこうと手を伸ばした天使は、その翼を焼かれて地に落とされてしまうらしい。
神様が手を伸ばしたくなるほど魅力的な悪魔になれば、落ちてきた神様を地獄の業火で堕落させられるだろうか。
神様へ近づいた罰を。
悪魔に手を伸ばした罰を。
僕らは共に背負って、燃え尽きた翼で地を這おう。
遠くの空へ行くのだろう。
鳥の群れを見上げてあなたはそう言った。
翼があれば、今にも飛び去ってしまいそうに軽やかなのに。
背負ったものの重さで飛べないわたしと手なんか繋いでいるから。
あなたもいつか、遠くの空へ行くの。
たずねたわたしの手を、あなたは握り直した。
きみがいるから、ぼくは地上の生き物でいられるんだ。
微笑むあなたの目が鳥を見失ったのを見て、わたしはひどく安心した。