「君と出会う前に、どうやって酸素を吸ってたか忘れたんだ」
「僕もだ」
二人ぼっちの僕らは、お互いがいないと呼吸すらもままならないんだ、きっと。
ずっと一緒にいるなんて、そんなの当たり前すぎて二人とも言わない。
僕は君が旅立ったすぐ後に、同じ場所へ飛び立つ。
君もそうだろ?
煌めく銀河の果て、星々を抜けて、なんにもないその先まで、僕らは飛んで行くんだ。
「さっさとしろ、置いて行くぞ」
僕は目を細めた。
乱暴な口調のわりに、いつだって君は遅い僕を待っていてくれる。
重い荷物を下ろした僕らはどこまでも自由だった。
あなたと過ごした最後の夏は、暑くて、息が詰まって、うんざりするほど苦しかった。
最後まであなたは、わたしの目を見つめているフリをして、その先のどこか遠い場所を見ていた。
ねえ、わかっていたの。わたし。
二人の小さな家を出て、小さな壺だけ持って、それから、列車に乗って北に向かった。
寒くて冷たい北の海に、白く細かなあなたのカケラを撒いた。
海に背を向けて、ようやく泣いた。
わかっていた。
すぐ泣く女が嫌いなこと。
わかっていたの。
臆病でいたいこと。
だからわたし、ちゃんと隠せていたでしょう。
幸せだった。
そう言ったら、あなたがわたしから去っていくことも、よくわかっていた。
穏やかな春風が、伸びすぎた前髪を揺らしていった。
春のにおいがする。
何度となくこの窓から眺めた街を、今日僕は離れる。
振り返れば、なかなか幸せな日々だったと言えるんじゃないだろうか。
開け放した窓の外からは、よく晴れた青空が見えた。
愛しき今日にさよならを。
明日になれば、もう戻らないこの街を懐かしく思うだろう。
人々の声で賑やかな通りも、風に翻る鮮やかな洗濯物も、夕暮れに灯る暖かな明かりも、ぜんぶお別れだ。
新しい街は海の近くにある。
春のにおいに潮の香りが混ざるのを想像して、僕は目を閉じた。
興味があるんだ。
君はそう言って、私のように笑った。
へえ。君には私はそう見えているのか。
ともすれば内にこもりがちになる君の頭の中身を引きずり出すのが最近の私の楽しみの一つだ。
君は決して認めようとしないけれど、その心の本質は私とさして変わらないだろう。
そう、さして変わらない。けれど決定的に何かが違う。
その違いをも愛しく思う。
誰よりも透明で、誰よりも純粋で、誰よりも私を理解している君。
そんな君の頭を開いて、すべてを食べてしまいたい欲と常に闘っている。
「終わりにしよう」
君は言った。
「すべて告白するべきだ」
かつて、何度も私に諭すように言っていたのを思い出す。
君は今でもそう言えるのだろうか。
私が君の心の湖面に投げ込んだ小石は、波紋を作って確かに君に変化を与えた。
私のために、君は変わったんだ。
私のストーリーの幕引きは、いつか君という最高傑作によって迎えられるだろう。
誰よりも魅力的な君。
クライマックスのデザートまでに、もっと美味しくなってみせて。
あなたが僕を切り裂いて、そこから溢れる気持ちは何色。
血と混じって頬を伝い落ちてゆく。
緑色の目をした怪物は、じっと僕を睨んでいる。
あなたの指先が触れて、そこから伝わる気持ちは何色。
伝播する熱は僕の体をあなたの温度に冷やす。
足元がぐらついて、倒れそうになる。
きっとこのまま、僕はあなたと融解してしまう。
夕陽が沈むよりも早く、僕の中身は元の形を失う。
溢れてゆく。こぼれてゆく。
あなたと溺れる夢を見る。
僕らは何色の魚に脱皮できるだろうか。