君と一緒にいきたかった。
いきたかった。
体はひどく痛むし、足の感覚はほとんどない。
そんなことはどうでもよかった。
何よりも隣に君がいないことが、ああ、一大事だろう。
ゆっくり筋肉を動かして、横たわったまま首を巡らせる。ようやく見えた反対側にも、やはり君はいなかった。
私を置いて行ったのかい。
それとも私が君を置いて行ったのか。
一人で打ち上げられた事実が、妙な感慨を伴って押し寄せてくる。腹の鈍い痛みは私の心音と重なる。
いつもそうであるように、私は天国から一番遠い場所にいる。
君を探すよ。曇天と波の音が、君の鼓動を隠しても。
これまで何度も邪魔が入って、私の願いは叶わなかった。今回も。
だから、今度こそ、二人でいかなければ。
そうでないと意味がないんだ。
君と一緒にいこう。
それまで、少しだけ待っていて。
変わらない。ここは何も。
十年前と同じ景色を、今日も見ている。
古びた回転木馬。
軋む観覧車。
ひび割れた道。
子どもたちの笑い声。
冬晴れの空を見上げる。
澄み切って雲一つ無いそこを、小さな飛行機が横切った。
ここでは時の流れがひどく遅く感じる。
赤と白のストライプのひさしが見えた。
その下に、クレープのサンプルが一面に陳列されたショーウィンドウ。
小銭を握りしめて列に並んだことを思い出しながら、クリームたっぷりのクレープを買った。
あの日夢中になった味だ。
美味しいことに変わりはなくて、けれど記憶の中よりも甘い。
変わったのは自分か。
昔の流行りの歌を、いまだに流すスピーカー。
色褪せた楽しげな看板。
ゴーカートの排気ガスの匂い。
沈む夕日。
何度も通った遊園地。
思い出たちが染み込んだ景色は、どこか物悲しい。
もう帰るよ、と誰かの母親の声がした。
君が微笑んで言う。
「わたしはあなたがいるから幸せだよ、本当に幸せ」
「俺も君がいるから幸せだよ」
口に出すと照れくさくて、二人して笑い出してしまう。
遠く愛しい日々。
「僕は君がいるから幸せだよ、本当に幸せなんだ」
思わず息を飲んでしまった。
ああ、どうしておまえが、彼女と同じことを。
幸せとは、気づかぬうちに心に根を張っているものらしい。
その証拠に、君が撒いた幸せの種は今でも心に優しい花を咲かせている。
けれど。
「…俺も」
「そっか!嬉しいな」
けれど、目の前で満面の笑みを浮かべるおまえの愛も本物で。
知らない間に芽吹いた幸せが、彼女を失ったときのまま止まっていた心をゆっくり溶かしていく。
もう、そろそろ良いだろうか。
いいよな、君のとこにいくまで。
「また君と年を明かせるとは思っていなかったよ」
マフラーに埋もれた口元で、彼はもごもごと呟く。
自信の無い瞳は元日でも健在だ。
「来年もその次も、ずっと一緒に新年を過ごせるさ」
僕もなんだか照れ臭くなり、明後日の方角を見つめながら彼を安心させてやろうとした。
まったく、世話が焼ける友人を持ったものだ。
彼のネガティブさはいつも少しズレていて、それがなんだかおもしろい。
僕はしばらく彼の返事を待った。
「…うん」
ようやく小さな肯定が聞こえた。
そっと彼に目をやれば、耳まで真っ赤にしている。
これは友人としてはからかわなければ。
「寒いのか?」
「ほっとけ」
やっと君と目が合った。
わかりにくい笑顔が目元に浮かんでいる。
今年も良い年になりそうだ。
いつまでも子どもみたいだね、と笑うと、そうかと笑い返す。
そうだよ。あなたはいつまでたっても、あの頃の悪戯小僧のままだ。
大人になれずに、けれど体だけは一丁前に大きくなってしまった。
少しかなしいひと。
いつも寂しさをそっと抱きしめている。
あなたがどうして大人になりきれなかったのか、わたしは知ってる。
きっとあの時からあなたの時間は止まったまま。
大切な、とても大切な人を失くした、あの日から。
あなたのことはよく知っているつもり。
好き嫌いがはっきりしてて、単純で、無鉄砲で、ほんとにバカ。
そんなあなたにどうしても惹かれてしまう自分が一番バカなんだ。
あなたのうちに救う寂しさを知りながらどうすることもできないもどかしさ。
小さくなるあなたの後ろ姿を、見えなくなるまで見送る。
わたしじゃない誰かが、いつかあなたを救ってくれるのを、いつまでも待っている。