「君が隠した鍵」
おーい、ねえってば。
開けてよーー。
彼女は俺が鍵を持っていないときに限って玄関にロックをかけていることがあった。
俺が外から叫ぶと彼女はくすくす笑いながら開けにきてくれる。
これは2人の恒例行事になっており、その時間が愛しくてわざと鍵を忘れていくこともあった。
おーい、ねえってば。
開けてよーー。
誰もいない部屋に向かってぽつりと呟く。
俺はいつから彼女の心のドアも開けられなくなったのだろうか。
隠されたんじゃない。俺が、置いてしまったんだ。
ポストを開けると、からんと音を立てて鍵が落ちた。
拾うこともせず、俺は玄関の外で立ち尽くすしか
なかった。
「手放した時間」
君と離れてから何年経っただろうか。
思い出す回数も、確実に減っていて安心する。
先に言っておくが未練がある、とかではない。
それなりに新しい彼女もできたし充実した日々を送っているつもりだ。
だけどもし君と出会ってなかったら俺は、全く違う人間だったかもしれなくて。
確実に、君の趣味嗜好が俺の中で生きていた。
いつか会えたら、また君と話がしたい。
そう思っていたが、同窓会で久々に見た彼女は俺の想像とは少し違っていた。
誰の影響を受けたのか。
俺ではできなかったことを成し遂げた奴がいるという
事実に、少し悔しくなる。
君を手放した時間が、惜しかった。
「紅の記憶」
景色が流れていく。
2人がけの向き合う形のソファーに座り、線路の上を
滑りながら移り変わる景色を眺めた。
バイトの帰り道。
いつもなら直帰するがなんとなく家に帰りたくなくて
どこか違うところへ行ってみようかと考える。
最寄り駅で降りるのをやめてみた。
最寄りをふたつ過ぎたところで、向かいのソファーに
親子が座った。
5歳くらいの男の子と、母親であろう女性だった。
真向かいに座った男の子はもみじの葉を手に持ち、茎の部分をくるくる回していた。
さっき拾ったのかな。
たしかにもみじ生えていたなと思い出しながら、男の子のさじ加減で不安定に回るもみじを見ていた。
どんどんふにゃふにゃになっていくもみじの葉から、
何故か目が離せなかった。
私も、もみじの葉拾って帰ろう。
そう思った。
「夢の断片」
夢を見た。
またみんなで会える夢。
高校のとき、よく通ったクレープ屋で、
とりとめのない話を永遠と。
すごく幸せな夢だった。
そう感じたのも束の間、ふと気づくとそこはいつもと何ひとつ変わらない自分の部屋だった。
なんだ、夢か。
夢見心地な頭を現実に引き戻し、スマホを手にとる。
画面には、通知が1件。
「じゃあ、お墓参りは来週の日曜日で」
と送られてきていた。
そのまま文を眺めていると、了解です系のスタンプが次々送られてきて、上へと消えてしまった。
焦って、私もその系列のスタンプを送る。
ひとり、ひとりと既読が増える。
そこからトークは進むことなく例の日曜日を迎えた。
全員分の既読が、つかないままで。
卒業の日に交わした約束は、実現することなく儚く砕けたのだった。
もう、断片すら見つからない。
「見えない未来へ」
未来が見えなくて、もう死んでもいいと心のどこかで考えている人はどのくらいいるのだろう。
そんな人にはどんな言葉を紡げば良かったのか。
正解が分かる人はいますか、
あの頃、深掘りしないことがあえての優しさだと
思っていた私は大馬鹿だった。
そう気づいた時には、もうすべてが遅かった。
来年の今頃は、もうお酒飲めちゃうね
みんなで飲みたいねって話したよね、覚えてる?
本当は年越しながら飲もうってなってたけど、
でもあなた早生まれだったからさ
やっぱ春ぐらいにしよっかって。
言ったじゃん、
私、ご冥福をお祈りしますなんて初めて使ったよ
あんたのお陰で、私の未来が濁ったよ