「吹き抜ける風」
今の時期に吹く風の冷たさは尋常ではない。
夜のバイト帰り、見慣れすぎた道をしゃかしゃかと漕ぎ進めていく。
シフト被ったおばさんは寒いから車で来たと言っていたか、大人ってずるいな。
教習いつ行くかな、なんてカレンダーと口座の残高を交互に頭に思い浮かべる。
どちらも余裕がないし気持ち的にも面倒で、最終的には脳から抹消して解決させることにした。
ふと目の端から人口の光が差し込んだ。
寒すぎて横なんて見ていられないのだがあまりの明るさに目を向けると、
でかでかとした おでん の文字が激しく揺れていた。
コンビニ様、今年の冬もお世話になりますという思いを込めて、相変わらず慌ただしく動くのぼりに心の中で敬礼した。
口の中で溶けてゆく大根が、美味だった。
店員に顔を覚えられないようにしないと。
「記憶のランタン」
人の記憶というのは、虚しいものだ。
どれだけ尊い記憶でも時間とともに薄れていき
いつか消滅してしまう。
何年か経ったら、楽しかった今日のことも忘れてしまうのかなと電車に揺られながら考えた。
時間を忘れてファミレスで語り合ったこと
ほっぺが落ちるほど美味しかった料理
そして、
何より貴方を愛していたこと
忘れないよう日記を書こうかと思うけど、文字にしてしまうのはなんとなく嫌で、頭の中に残したままでいる。
本当は忘れたいのかもしれない。
時の流れに身を任せ、思い出せなくなるその日をひっそりと待ち続ける。
もうそろそろいいかな、見えなくなったかな。
時が経ち何を飛ばしたんだったかと思考を巡ったが、街に流れるクリスマスソングでランタンは強制送還された。
なんかこのランタンずっといるよな?
もういいよ、
わたしの人生照らしすぎだよ。
「もしも世界が終わるなら」
もしも世界が終わるなら、幸せになれるだろうか。
世界中の何億人と共に心中か、案外面白いかも。
きらいなあいつは時間をかけて苦しんで欲しいな。
すきなひとたちは眠るように一瞬で。
え私?
私はー、そうだな。
どの方法がいいと思う?
そう誰かに問いかけながら、屋上の柵を超えた。
私の、小さくて狭い世界が終わりを迎えた。
「またね」
誰に対しても、「またね」と笑って声をかける貴方がとても印象的だった。
いい人、なんだろうなと思った。
でも、それと同時に私とは違うなと思った。
なんで、「またね」って軽く言えるんだろう。
別に死ぬ予定はないけどさ、もう一度本当に会えるか
なんて分からないじゃん。
どこかで何かを間違えて、未来への希望が持てずにいる荒んでしまった心に、貴方の屈託のない笑顔が焼き付いて、痛かった。
何かを諦めているような目をした、周りと比べ少し冷めている君がとても印象的だった。
いい人、なんだろうなと思った。
でも、それと同時に僕とは違うなと思った。
君は、「またね」って言わないんだね。
根拠の無いことは言わない正直で誠実な姿がかっこよくて、密かに憧れた。
空気を読んでその場に必要なことを言うだけの、感情なんてないロボットみたいな心に、君の視線が突き刺さって、痛かった。
「ただいま、夏。」
貴方と迎える夏は、もう何度目だろうか。
貴方は、夏になると僕の家に転がり込んでくる。
そして、夏が終わるとふらっと姿を消す。
夏が来る前はどこで過ごしてるの。
誰と一緒にいるの。
そろそろLINE教えてよ、
まだ、ここにいてよ
言いたいことは山ほどあるが、
言わない。
言えない。
なぜなら、貴方の心に踏み入った瞬間、この関係は壊れてしまうと分かるからだ。
何も知れなくても、貴方に会えればそれでいい。
貴方と一緒にアイスやそうめんが食べれるなら、
喜んで全てに蓋をする。
たまに、貴方の冬服姿を妄想するけれど、それは許してくれるかな。
風呂上がり、ベランダで涼む貴方を見ながら、今年も
こっそり秋がくるまでのカウントダウンを行う。
来年も、照れくさそうに言う「ただいま」が聞けることを願うばかりだった。